Yet Another JUGEM.
化学調味料やーめた。

秋になって野菜も果物も美味しい季節になりました。

「食べること」を私なりに勉強して、塩分や糖分を減らすことはもちろんですが、いわゆる化学調味料を食卓からできるだけ無くそうと努力しています。そんなことを言っても、ほとんどの物には入っていますから、野菜や魚を購入して、最初から調理するに限ります。

塩分も調味料もカットしたら「健康にはいいかもしれないけれど、美味しくない」ものになりそうですが、そこで重要なのは「天然の旨味」の活用です。西洋人にはわからない、と言われて来た鰹ダシなどの「旨味」が今ではヨーロッパのミシュラン級のレストランのシェフたちに注目されているとか。

その「旨味」を出してくれるものを集めました。

 

飛び魚(あご)の粉末。

 

 

昆布の顆粒

 

鰹節と昆布の粉末。

 

他には、ホタテの粉末、乾燥した小海老、ドライトマト、ターメリックやタイム、バジル、クミンシードなどのハーブ類、など。あとはフレッシュな野菜で、生姜、大葉、みょうが、にんにく、パクチー、などです。

 

こんな味付けに慣れてくると味覚が繊細になるのがわかります。

たまに試しにインスタントスープとかインスタントの味付けパウダーなどを食してみると、

身体が「Oh my Goood ! 」と反応するのがわかります。

とっても「ウマイ」んだけどね!

それは懐かしいウマさ、です。

 

高校時代によく行ってたラーメン屋。

なぜか毎日でも食べたくなる。

細いちぢれ麺のチキンで作った濃厚なスープ。

ある時、おっちゃんが調理してるのを見てたら、

おたまに白い粉をしゃくって、どっさり鍋に入れてた。

カウンターの後ろを見ると「**の素」のセメント袋が!

一杯60円でした。ああ、懐かしい。

おいしかったんですよ〜

 

| YOKO | 食すること | 10:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
調律師、という仕事。

先日、ピアノを弾いていて久しぶりにピアノ線が「パキン!」

といって切れてしまいました。

で、今日はちょっと自慢話。

「私の指もまだまだ捨てたもんじゃない。」と思いました。

(金属疲労ということもあるしね。)

 

 

 

ピアノ線は1本1本が約80キロの力で引っ張られています。そのピアノ線が一つの音に3本。高音域になるほど、当然ピアノ線は細くなり、短くなりますから、高音のピアノ線は切れやすくなります。

いつもの調律師のSさんに電話をして、その日はSさんではない方が雨の中を来て、切れたピアノ線を張り替えてくれました。

 

作業が終わってから、お話を伺いました。

「久しぶりにこのピアノを触って懐かしかったです。」とK さん。

うちのスタインウエイは1930年製の古いグランドピアノです。蓋をあけると中に、ケンプとアシュケナージという二人のピアノの巨匠のサインがある特別なピアノです。そのサインを見て懐かしかった、のかな?と思ったら、それだけではなかったのです。

「音がまろやかに木枠と共に鳴るんですよね。」とKさん。

ここから俄然、話に熱が入りました。

「新しいホールに入れられた新しいグランドピアノが良く鳴るようになるには使用頻度にもよりますが2、3年かそれ以上かかります。しかし、その新しいピアノが10年経過したら、このピアノのように良く鳴るか、と言ったらそうではないんですね。このピアノのように鳴るようにはならないでしょう。」とKさん。

「そんなにこれはいいピアノなのですか!」と私。

 

 

(da capo、ということはケンプが1961年にこのピアノを弾いて、

 1976年にまた帰って来た、ということなんでしょう。)

 

 

1930年という一番、スタインウエイがいい職人でいい木を使用して製造していた時のピアノ、とは知っていましたが、そんなにあちこちで違うピアノを弾くわけでもない私にはその素晴らしさはよくわかってないのかもしれません。

何とモッタイナイ!

ヴァイオリンは使用する木が命とはよく聞きますが、ピアノも考えてみれば木の箱に入った楽器です。その木、そして塗装、そんな事までが音に影響してくるのだそうです。

 

 

ピアノ調律師の戦場、といえばショパンコンクールです。

その話になると、「私の個人的に思うショパンの音と演奏とは全く異なる世界なんです。」とKさん。

それは私も同感です。

「とにかく、明るく華やかに、そしてクリアに鳴る楽器、調律が求められる。演奏もしかりです。コンクールで優勝するショパンの世界みたいなものがありますね。」とKさん。

(そんな風潮にして来た審査員の責任も大きいと思うけど。)

(何事もパッと見栄えがするものと本物とは違うと思うけど。)

 

今の時代、画像も音質もデジタル化されて、

それはそれは鮮明になりました。

それに慣れてしまった視覚や聴覚には、それ以下の鮮明度のものには物足りなさを感じてしまいます。

濃い味に慣れたら、だしの効いた薄味はもの足りなく感じるのと同じです。

ではその鮮明な色彩が自然界の色なのか、

と言ったら、そうではない。

デジタル化された音楽をヘッドフォンやイヤフォンで聴く、

その音質が最高の音質なのか、

と言ったら、そうではないのです。

 

Kさんという人が調律師という仕事を職業として人生を歩んで来られた事に何か感動を覚えた一日でした。

ヴァイオリンの名器なら持って出かけられますが、ピアノはそういうわけには行きません。ミケランジェリというピアニストは世界中、自分のピアノを運んでコンサートをしたそうで、しかも時には自分のピアノを置いてホールの音響が気に入らないとコンサートをキャンセルしたそうですが、そんなわけにも行きません。(プロならどんなピアノでも弾け!とも言いたいけれど。)それも無茶な話です。

(今、話題のマルタ島には船で行って、帰って来ましたが....。)

せいぜいここに来る生徒さんたちと楽しむくらいしかできないけれど、

この名器が私の所にあるのは調律師Sさんと父のおかげです。

Sさんとは、かれこれ40年のお付き合いになります。

| YOKO | ピアノ | 12:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
忘れ物

先日、ある所のコピー機で楽譜をコピーしました。

楽譜はA3のサイズでコピーした方がいいので、

家のコピー機ではできません。

コピーを4枚して家に帰ってから、、、

コピーした物を持ち帰るのを忘れたことに気がつきました。アワワ。

 

翌日の午後にそこへ行って、

「あの〜、昨日コピーしたものを忘れてしまったのですが。」

「昨日ですか?引き継ぎされていないけど、、、。」

そうか、今日は違う人がいるのか。

丸めてゴミ箱に処分されたか、仕方ない、と思っていたら、

「あ、ララルーね。」と奥から出て来た人が。

「そうです!」と思わず叫んでしまった。

「あれ、どこに入れたかな。あったあった。

みんなでララル〜ララル〜、と歌ってたんです。」

と出して来てくれました。

 

 

私の忘れ物で、昨日ここでララル〜の合唱が流れたのかと思うと、

ちょっぴり胸が暖かくなりました。

取っておいてくれて、ありがとう!

| YOKO | 新たな日本の暮らし | 09:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
備蓄品、多すぎに気づく。

亡くなったおばあちゃんの家を整理しに行ったら、贈答品のタオル、未使用の下着、古い衣類、趣味で描いた絵、などが押入れの奥から山のように出てきた、なんて言う話はよく聞きます。

で、自分の場合、そう言った物はそれほどひどくはないけれど、備蓄品の多さに我ながら呆れています。

 

つまり、トイレットペーパーは常に30個は積んでいないと不安。テイッシュペーパーも相当。それ以外には、洗濯洗剤、シンクや浴室の洗剤、排水溝のカバー、ハンドソープ、うがい薬、歯ブラシ、歯磨き粉、マウスウオッシュ、コットン棒、シャンプーとリンス、サンクリームなど。

 

 

 

 

食品はパスタとパスタソース、ドレッシング、醤油、酢、なぜか塩麹、オリーブオイル、ツナやトマト、アンチョビの缶詰、トマトジュースと人参ジュース、ペーパーナプキン、などなど。

 

 

 

こんなものは歩いて6分のスーパーに行けばいつでも買えるのだから、それにそんなにすぐになくなる物でもないのだから、山奥に住んでるわけじゃなし、なんでこんなに蓄め込んでいるのか自分でもわかりません。

 

「なかったら困る。」の一心でしょうか。

病気でしょうか?

今までなくて困ったことは一度もないのに。

 

下着やソックスだって3枚あれば完全に大丈夫なのに何10枚もあります。道着も今ではそんなにいらないのにマイクと私と4〜5組ずつあります。大好きなパーカーは気がついたら10枚以上、Tシャツは聞かんといて!

大好きなサンダルとブーツはもう、うちに来る生徒さんには有名な話。わざわざレッスン室から出てきて玄関で数えられたこともあります。

そして最近、急増してるのはゴルフ用品。

 

 

当然の結果、狭い我が家はどこもしまえる所はぎゅうぎゅう入ってます。

本当に恥ずかしい限りです。

 

家の中に必要最低限だけ置いてスッキリ暮らしている人を見ると心底、尊敬します。今、死んだらとっても恥ずかしいので、これらの物を(捨てられないので)使い終わるまでは死んでも死にきれません。

最後に、、、一番すごいことになっているのは、、、紙袋類です。

 

 

私が憧れる生活は、何かがないから夜とかにスーパーかコンビニに走る自分です。いかにも都会生活!

不安を解消したくてアリのように蓄め込んでいるのです。

みなさんはスッキリ暮らしておいでですか?

、、、、ですよね。

| YOKO | 新たな日本の暮らし | 12:54 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
人生で大切なことは全て幼稚園の園庭で学んだ

確かそんなタイトルの本が何10年も前に出て読んだのを覚えています。

友達とは仲良くする。

人の嫌がることはしない。

人の物は大切にする。

もし、人に何かを借りて、それを壊しちゃったらゴメンね、と謝る。

ゴメンね、と言われたら、イイよ、と許す。

仲間外れをしない。

人の悪口を言わない。

などなどです。

 

 

本の趣旨は、「そんな基本的なことなのに、人は大人になってもそれすら守れないのでは?」と言うものでした。

ホントにね。

特に現代はネットというものがありますから、さらにたちが悪い。

さらに闇が深くなりました。

あな、恐ろしや。

人間の悪意に善意が負ける事は歴史が証明してきました。

そうは思いたくないけれど。

 

で、合気道の話です。

合気道は「受け」と呼ばれる相手の身体を使って稽古をします。

演武もします。

つまり相手の腕や体を「借りて」行う武道です。

行うんです。戦うんではないのです。悪しからず。

だったら、先ほどの「幼稚園の園庭で学んだ」と同じく、人から身体の一部を借りたなら、それを壊さないように注意しながら使わせていただくのが当たり前の常識です。

もし、自分の上達のためだけを考えたり、演武の見栄えばかりを考えて、相手の身体のことをケアしないで合気道を行うならば、それは4才、5才の子どもたちにも叱られてしまうような事なのではないかと、私は考えます。

 

 

何も相手を床に思い切り叩きつけなくても、

(見ていても気持ちのいいものではありません)

いい演武はできるはず。

| YOKO | 合気道 | 14:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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