Yet Another JUGEM.
新国立競技場ー建築家の仕事、マルタの場合。
2020年のオリンピックが東京に決まって歓喜の嵐が吹いたものの、膨大な建設費で新国立競技場建設計画が止まっている。
第一、この猛暑の8月に本当にやるの?
と言いたい所だけれど、
新国立競技場騒ぎで私が思うのはマルタ島の事。

街路地の私

マルタの首都ヴァレッタは世界遺産の中世の城塞都市で、4〜500年前の都市がそのままに大切に残され、そこで人々が暮らしている。
初めて訪れた2005年、私達はこんな街が本当に存在する事さえ信じられなかった。そして、この美しい城塞都市をま守り続けてきたマルタの人々に畏敬の念を感じた。彼らの誇り、そして賢明さ。

青い空

行く度に変わる新宿や渋谷の街を、かつて友人が「世界の建築家にとって格好の場所が東京だよ。」と言っていたのを思い出す。
イタリアのような街全体が芸術作品のような国では、建築家の腕の振るい場所がなく、その結果としてインテリアや家具、車のデザインが優れる国になったと聞いた。

一瞬にして私が魅了されたヴァレッタの街に入る石で造られた大きな門(シテイゲート)とその周辺を壊して、イタリアの有名な建築家レンゾ.ピアノの設計で造り変えると言う話が持ち上がったのが確か2012年頃だったと思う。

ゲート

既にその頃は、自国の通貨を2009年にユーロに変え、郊外の漁師町にはどんどん「海の見えるアパートメント」などが建築され町の景観がどんどん壊され始めていた。想像してみてほしい。
古い2〜3階建ての青や黄色、緑、オレンジに塗られた愛らしい建物の間に9階建てのビルが建っているのを。
ビルが回りになじまないだけではない。
古い建物が汚らしく見えてしまい、町のバランスが完全に崩れてしまう。そんな景色があちらこちらで見られた。

ボート

けれども首都ヴァレッタだけは変わらなかった。
変わらないと信じて疑わなかった。
そこに「レンゾ.ピアノ」だ。

マルタの家を買った不動産屋の息子が建築家、お向かいのピアノの生徒が建築家、そんなこんなであっという間に私達はマルタで名の知れた優秀な建築家たちの友達を持つ事ができた。
名前をあげれば、
サイモン.グレック、
アンドリュウ.ヴィンチ、
ルナ.ヤコブセン、
そしてクリス.ブリッファ。
クリスは海外でもドバイなどで建築家としての名声を上げている若手のホープだ。

シテイゲート計画が立ち上がった時には私達はもう日本に帰っていたけれども、その計画について私達は「そんな愚かな事はやめてほしい。」とメッセージを送った。もちろん、クリス達も反対していた。
私の知らない人からはこんな返事が来た。
「何を言ってるのあなた。
あなたはレンゾ.ピアノを知らないの?」
私はこう返した。
「レンゾ.ピアノだろうが何だろうが、
あのヴァレッタの美しい入り口を、
あんなプランで変えようとするなんて馬鹿げてる。」

リパブリック ストリート

シテイゲートも美しかったが、ゲートを抜けて市内に入った所に昔のオペラ劇場跡が残されていて、その古さで丸くつやつやになった石畳には連日、暇なオヤジたちが何人も座り込んではいつまでも話をしていた。
それも立派なヴァレッタの景色だった。
その劇場跡にも「レンゾ.ピアノの魔の手」がかかろうとしているのだ。

おやじ

そもそも建築家という者達は、どこどこで博物館、どこどこで教会、どこどこでホテル、と言うように自分の作品を建設して、それを自分の履歴書や著書の最後のページに書き込みたいものらしい。
人々のためにでなく、
自分の作品リストのために。
その為には奇抜なものでも建設する。
奇抜さを売りにする建築家もいる。
そしてそういう怪しい建築家に頭を下げるのは、少なくとも文化の熟成された大人の国ではなく、その建築家の威光を借りて大人の国に仲間入りしたい国々だ、と私は思う。
そんなわけで、そろそろ行かなければいけない用事もあるのに、すっかり変わってしまったシテイゲートを見るのが怖くて、
なかなかマルタに行けないでいる。
完成してしまったレンゾ.ピアノの建築物の写真を、
見ただけでも、私は涙が出て来る。

あ、それで新国立の話だった。
マルタの若い建築家たちが尊敬してやまない、
素晴らしい建築家が日本にはたくさんいる。
そして世界が憧れるわび、さび、
の文化が日本にはある。
自分の作品に名前はつけない、
と言う優れた陶芸家もいた。

シンプルでミニマムな究極の競技場を造る事ぐらい、
日本人にできないわけがない。

| YOKO | マルタの暮らし | 11:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Kinnie
マルタで最高においしもの。
それはパンとビールと葡萄とキニー。
キニーはコーラのような清涼飲料水。
コーラをあまり飲まない私たちだけれど、このキニーは、ほとんど毎日のように飲んでいた。
カロリーゼロ。シュガーゼロ。
コーラより、もうちょっとオレンジ味でビターで
炭酸が少ない感じ。
やっとイギリスには輸出を始めたと言う。
日本にも入ってこないなかな.....。

写真はホテル出発の朝の最後のキニー。




| YOKO | マルタの暮らし | 11:15 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
マルタ報告ー13
美しいコミノ島の写真で、今回のマルタ報告を終わりにしたいと思います。10月でも充分に泳げました。












なんたって、やっぱりマルタの空と海はきれいです。








| YOKO | マルタの暮らし | 16:12 | - | trackbacks(0) | pookmark |
マルタ報告ー12、これは便利!
今回、私たちに車がなかったのと忙しかったので、兄は自分でいろいろマルタ内を歩き回る事になり、そのおかげでマルタ観光の便利なシステムがわかりました。

一つは「HOP ON HOP OFF BUS」
通常のバスルートの他に、観光スポットを効率よくつないでいます。一日15ユーロで、南回りの赤ルートなら1時間おきに来るバスにどこで降りても、次のバスで次の場所へ行けます。
南回りはバレッタを一周してからスリーシテイ、マルサシュロック、ブルーグロットなどを回り、北回りはモスタ、イムデイーナ、ゴールデンベイなどを回ります。出発はスリーマだけれど、バレッタからでも乗れます。
2階建てバスなのでみんな2階に乗っているけれど、日焼け止めクリームなしで一日乗っていたら、大変な事になります。大変な事になっている観光客をたくさん見ました。同じシステムでゴゾ島にも走っています。南回りが赤ルート、北回りが青ルート、ゴゾ島巡りが緑ルートです。
これはとってもグッドアイデア。

もう一つは、たった一日の私たちの兄と一緒の観光で使った、スリーマから船に乗ってゴゾ島まで行き、観光バスで回ったあと、コミノ島に寄り、ブルーラグーンで泳いでからマルタ島に帰って来る、というもの。



行き過ぎた再開発。
こんな風景もマルタにはあるのです。



バレッタから車かバスで北端のフェリー乗り場まで行き、そこで並んでフェリーに乗るのは結構大変。私たちは朝、バレッタ側までボートで迎えにきてもらって一日遊んで65ユーロです。
これもお薦め。




岩を降りているのが私の兄です。

ただなぜか行きのボートの中ではみんな青くなって吐く寸前だったけれど。


美しいコミノ島の写真はまた明日。

| YOKO | マルタの暮らし | 19:42 | - | trackbacks(0) | pookmark |
マルタ報告ーその11
マルタの友人たちの近況はかなり変化していた。
まず、大好きだったモロッコショップがなくなり、ゲイのクリスはロンドンに行っていて、もしかしたらオーストラリアに住むかもしれない。
お向かいのピアノの生徒だったクリス・ブリッファは新しい家が完成してそちらに引っ越し、お向かいの家は売却してしまった。
「時間があったら完成した家を見せて。」とメールしたけれどロンドンにいて返事がなく、私たちが帰国してから、「会えなくてごめん。今、あちこち旅してる。」とメールが届いた。
ガールフレンドだったクリステインは薬剤師のかたわら、マルタ人初のロンドンファッションウイークに出るモデルとして成功して彼のもとを去ったらしい。
うちの一階に住むマルコのパートナーだったウオレンはマルコいわく
「マルタにゲンナリしてロンドンに行ってしまった。」
あれれ、みんなロンドンだ。
そのマルコも癌と闘う友人のそばにいてあげたいと、英語学校の仕事も投げうってベルリンへ1年間の予定で行ってしまった。ぎりぎりマルコとは会えてお別れが言えた。
アーレットはバレッタ市内にあった不動産会社から別の会社に変わったので、バレッタのお店はもう火が消えたようになっていた。
変わりなかったのはお向かいのおじいさん。まだお元気だった!それから旅行会社のテッシー。1年前に持って行ったポトスをちゃんと育てて大きくしていてくれた。八百屋のお兄ちゃんも「久しぶり!」と覚えていてくれた。

バレッタは数年後にヨーロッパ連合の「文化的首都」になるらしく、ずいぶんときれいになったけれど、人々の暮らしの質が向上したとは思えなかった。
バレッタの騎士団の宮殿は確かにマルタにとって最大の観光の目玉だけれど、古い大きな建物を維持していくのは大変な事だ。まるでヨーロッパの城主が維持する経費がかかりすぎて先祖の遺産が負担になるようなものだ。
淡路島の半分の小さな島が一つの独立国家としてヨーロッパ連合の中で生き抜いていくのは簡単な事ではない。でも、マルタ人はしたたかに生き抜いてきたし、これからも賢く生き抜いていくに違いない。みんな懸命に自分の人生と闘っているようなマルタの人々の顔が好き。





| YOKO | マルタの暮らし | 22:22 | - | trackbacks(0) | pookmark |
マルタ報告ーその9
9月下旬の海はもうかなり冷たくなっていてびっくりしました。



それでも泳いでいる元気な子たちもいて。


海岸には、「クラゲに注意」の大きい看板が出ていました。

マイクがマルタでやりたかった事の一つが、バレッタのカフェ、「インスピレーション」のカプチーノとランプキパイを食べる事。



ランプキパイは、魚とほうれん草の入ったパイで、お昼に最適です。すごく大きくて400円くらい。カプチーノは180円くらい。レストランは本当に安くて、多くて、おいしいですよ!


「インスピレーション」はアートセンターのある建物の中にあります。郵便局側から行くと地下だけど、アートセンター側から行くと2階になります。





| YOKO | マルタの暮らし | 18:55 | - | trackbacks(0) | pookmark |
ラグーサのオリーブオイル
先週会った新婚カップルのマルコムとマフィから小さなオリーブオイルの瓶をいただきました。
マルコムのお父さんのサリヴァン氏が隠居用にシシリア島に広い土地を持っていて,そこでオリーブの木を育て、そこのオリーブを摘んで作ったオリジナルのオリーブオイルを結婚式の「引き出物」にしたそうです。
なんて素敵!

瓶に金色のリボンで小さなカードが結わえ付けられていて、そこにはこう書かれていました。

「Mufy&Malcolm 06-06-10 」
「Olive Oil-A symbol of prosperity,peace&divine blessing」
「  Olive Oil-made from the olives handpicked by Mufy,Malcolm and family in Ragusa,Sicily」

「マフィとマルコム、2010年6月6日」
「オリーブオイル、繁栄と平穏と神の祝福の象徴」
「このオリーブオイルは、シシリア島ラグーサでマフィとマルコムと家族たちが手で摘んで作りました。」

ああ、なんて素敵!.....でも、私たちにはラグーサに住んでオリーブオイルを作る生活はできないだろうなあ。ふう。

きのうK'sデンキで、ばったりD.ウッドと会った。もうそれこそ8年ぶりくらい。その時は4人の子持ちだったが今は5人だと言う!
「なんでマルタから帰ってきたの?」
という質問にみんなにしたのと同じような説明をすると、
「日本のこの生活をしてしまったら、もうどこの国にも
住めないよね。」
とD.ウッドは笑った。
そう、そうしてここ浦安に住み続けて根を張っている外国人の友人が私たちの回りにはたくさんいる。

「快適な暮らし」
これは否定できない。





| YOKO | マルタの暮らし | 13:19 | - | trackbacks(0) | pookmark |
4week honeymoon
マルコムとマフィの新婚カップルが東京にやって来ました。
考えてみれば、マルタからのお客様第一号です。

バレッタの街にサリヴァン&サリヴァンという旅行会社があり、そこのテッシーという女性と仲良しになりました。元スッチーだっただけあってもう60代でしょうがとてもキュートな人で、よく買い物のついでにお店に寄って、おしゃべりしたものです。そのテッシーから社長のスタンレー氏を紹介され、何か日本とマルタと両方通行でお互いに出来る事があれば、というような話をしたりしました。

そのスタンレー氏の息子さんが6月6日に結婚式を上げ、マレーシア、タイ、などアジア各国を回って一昨日最後の訪問国、日本に到着したのです。
1週間を東京、箱根、新浦安に滞在するホテルをトラベルキッズさんとお世話したのですが、なかなか本人から返事が来なくて、ホテルはどんどん予約がむつかしくなって、しかも、もう本人たちはマルタを出てしまう!という人騒がせなマルコムに結構、翻弄された私たちでした。

今朝、やっとマイクが東京駅の近くのホテルに電話してマルコムと話をしました。
「ふむふむ、すごいじゃない、よくやったね、それはWell done !!」
とか言っているので、2人できのう一日、銀座や秋葉原や六本木やなにかを精力的に観光して回ったのかと思って、
「どこへ行ったって?楽しんでるみたい?」
とマイクに聞きました。
「ちがうよ、きのうはホテルからでかけなかったって。
ハネムーンだからね。」
ふい〜。

| YOKO | マルタの暮らし | 17:36 | - | trackbacks(0) | pookmark |
マルタ経由の年賀状
 Sさんが、マルタの家に届いていた郵便物をご親切に持って帰って来てくださった。通知しきれなかった何人かの友人からの2009年暮れのクリスマスカード。そして今年の年賀状。日本〜マルタを往復させてしまった。申しわけない。
高校時代の親友からの年賀状もマルタに届いていた。
(ごめん)
こんな事が書いてあった。
「昨年私は、自然も社会も大きく変化しており、今まで通りの事はもうないのを強く自覚しました。ササユリが年に3回咲いても、梅雨が明けたら秋でも、地震があっても、鹿が玄関先の植え込みまで食べに来ても、政治や経済がどう変わろうと、もう驚いたり、恐れたりしなくなりました。新しい行き方を始める時なのを感じました。自分が心から望む行き方をしようと決心しました。」
私もそう思う。
いろいろな思いもかけない事が起こる度に驚いたり、ショックを受けたりしていたら身がもたない。確かなものが少なくなった分、自分の生活は堅実に質素に貪欲に守ろうと思うようになった。生活の楽しみ方も変わった。それが時代のせいなのか、自分の年齢のせいなのかはわからないけれど、多分両方なのだろう。
Sさんも、今、大きな人生の分岐点に立っている。
心配していたよりずっと元気で強かったので安心した。想像もしなかったような事が人生に起こった時、その時にどう対処するかにその人の人間性が著実に現れる。
そして彼女に起こった事のおかげで彼女との距離がぐんと縮まったのは不幸中の思わぬ副産物だった。私たちにはマルタで彼女を困惑させた事がよ〜くわかる。わかりすぎるほど実によくわかる。
マイクと3人で豪快に飲んで笑って、「先に進もう。」と言って別れた。彼女は18日にはマルタに戻る。


| YOKO | マルタの暮らし | 21:43 | - | trackbacks(0) | pookmark |
EUはどうなる?ーその4
欧州連合(EU)の統計機関ユーロスタットはユーロ圏16カ国の2009年の財政赤字が08年の3倍以上に拡大したと発表した。
EU27カ国でもほぼ3倍に急増した。その中でもギリシャが群を抜いていて今、EUの大きな悩みの種となっている。という記事の中で、「エストニアとマルタを除く25カ国で財政赤字が増大した。」とある。ギリシャの他に赤字比率が高いのは、アイルランド、イギリス、スペイン、ポルトガル。
「ふ〜ん、じゃあマルタは意外と健闘して健全な財政をキープしているのか。」と思った私。
でもそんなはずはないではないか。きっとエストニアとマルタは今回の調査の前にすでに相当な財政赤字だったから今回の「08年に比べて09年は、」の統計では大きな数字が出なかった、という理解が正しいのだろう。政府や国民性はギリシャにはとても近いものがあると思うので、マルタの財政赤字の真相にはとても関心があるし、我が家もあるので、とても人ごととは思えない。
それでもきっと誰かは暴利をむさぼっているだろうし、苦しんでいるのは我々庶民だ。この仕組みの根はものすごく深く、ちょっとやそっとでは引き抜く事はできない。改革が革命になりテロになっても、壊すことなどできない。
「どんなにお金を持っていてもそれを持って死後の世界にはいけないよ。」と知らしめて、人生の本当の幸福感が何によって得られるのかを金持ち達に啓蒙していくしかない。本当は妻や子供たちとのいい関係、なんていう当たり前の事が一番大きかったりするのに、よほど何かでつまずかない限りそんな事には気がつかないものだ。

で、日本はどうなんだ?
こっちもおぼつかない。まるで玉乗りしているピエロのように、足下がグラグラしている気分で落ち着かない。ピエロにはそれでもお客さまからの喝采という報酬があるけれど、私たちには負債が残るばかりだ。




| YOKO | マルタの暮らし | 03:00 | - | trackbacks(0) | pookmark |
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