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English in マルタブログ!

Yet Another JUGEM.
こんな事ができるなんて!

浦安に新しくできた音楽ホールで一人でピアノを弾いてきました。

市役所の隣にある文化会館では大ホールや小ホールを借りて以前は毎年のように発表会をしていました。

マルタに行くときにピアノ教室を閉めて、帰って来てからは小人数の生徒さんに「発表会はしません」と申し上げて教えさせていただいています。

引退したイチロー選手が引退後、何をしたいのかと取材されて言った言葉、「草野球がしたい」

「成績とか記録とか、そんなものは関係なく、ただ純粋に楽しく、子供の頃にやっていた草野球がしたい」

この言葉に私は強く共感します。

新浦安駅の近くにできた音楽ホールでは様々な催しが展開されていますが「ステージ体験会」というものがあるのを見つけました。それを申し込み、先日行ってきました。

2コマを取ってコンサートホールを借り切り、スタインウエイのコンサートグランドピアノを2時間、誰にも邪魔されず弾いてきました。

何という贅沢な時間!

浦安市すごい、、、感謝です。

自宅のレッスン室は防音されていますから当然、音の響きをなるべく吸収するように作られています。

コンサートホールはそれとは反対になるべく響くように設計されています。

例えば一つ鍵盤を叩いたら、うちなら「ポン」、ホールなら「ポ〜ン〜」の違いです。

せっかくここで弾けるのだからと用意したショパンのバラードやスケルツオや革命のエチュードは音が多すぎて、響きが入り混じり全体が「ワ〜ン」と地響きの如く、ロックの如くに鳴りました。それはそれでいいのだけれど、、、

一息入れるのに弾いたバッハにびっくり。

一つ一つの音が星空から降りてくるかのようにきれいに響くのです。

バッハ弾きで有名なグレン・グールドは、バッハのレガートを全てスタッカートでレガートに弾いていましたが、その気持ち、わかる、実に美しく、実に楽しい。

大学時代の私の専門だったエリック・サテイは、ワーグナーの壮大なオペラの舞台を観ながら小さくこう呟いたそうです。

「サン・サーンス、万歳!」

なぜ、私がエリック・サテイに惹かれたかハタと思い出しました。

楽器が発達していく歴史と共に舞台建築も音響設備も発展を遂げ、音楽のパフォーマンスはどんどん壮大になりました。ワーグナーのオペラは巨大なオーケストラに何百人ものコーラス、といういわば「肥満化した」メタボなオペラに変貌を遂げました。その頃、まさにヒットラーの時代だったというのも何かうなずけます。

現代はそこにさらに派手な照明も加わり、レーザー光線まで駆使され、花火も上がるようなステージになりました。

大音響の一大スペクトラムのライブもいいものですが、その対極にある「ミニマム」な世界も捨て難いものがあります。

人間の耳が、聴覚が、一心に捉えようとする音。

その音は全て一瞬で消えていきます。

「静寂の中に音を聴け」と言った作曲家もいます。

どちらかを選べ、

と言われたら私はやはりこちらが好き。

なので、私の目指す合気道も同じです。

「わあ〜〜〜」と強い力が炸裂する迫力満点の豪快な合気道ではなく、力が集中してコイルのように巻かれて行き、小さな1点になる、そしてその1点すら消える、、、ような、そんな静寂の合気道。

使用後の書類に「このホールを使いたいと思いましたか?」という質問があって、「わからない」にマルをつけました。

わからない、、、

でも、また弾きたい、と思いました。

闘うのではなく、やっとピアノと遊べたよ。

あ、ピアノ代入れて¥6000でした。

(ヘアカラーやネイルやマッサージより安い)

 

 

| ピアノ | 09:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ピアノは闘いでしかなかった

最近、マイクのプライベートレッスンに入ってこられた素敵なご夫婦。(お二人は別々の時間にこられています)

最初のレッスンの時に、奥様のMさんに「どこかでお会いしてますか?」と伺うと、「はい、もうだいぶ昔にあるパーテイーでお会いしてます。そして、お二人がマルタに行かれた時に、ピアノの生徒さんを何人かお預かりしました。」

そう、そうでした!一気に記憶が蘇りました。

先日の英語のレッスンの後、玄関でMさんに

「今でもピアノを教えていらっしゃるのですか?」と伺うと

「いえ、もう教えておりません。」

「私も今は少しの生徒さんにだけ教えているんですよ。そして、この年になってやっと、仕事でもなく、義務でもなく、プレッシャーもなく、ピアノを楽しんで弾ける自分になりました。」と言うと、Mさん、

「ピアノは私にとって闘いでしかありませんでした。」

本当に!

思わず二人で大笑いしてしまいました。

子供の頃に好きで始めて高校生の時に(ずいぶん遅いのですが)「音楽をやっていこう!」と決心し歩んできたはずなのに、、、いつからかピアノを弾くことは本当に「闘い」のようなものでした。つまりそれは「喜び」にまで昇華できない程度の才能だった、と言うことなのかも知れませんが、、、

「天才」と呼ばれたピアニストたちですら、

「コンサート会場のピアノが気に入らなくてコンサートをキャンセルした」とか、

「ピアノの位置を前に10センチ出して欲しい」とか、

「自分のピアノを世界中、どこにでも運ばせた」とか、

「コンサートが嫌いで生涯、レコーデイングだけに没頭した」とか、

「ピアノ調律師がメンタルコーチのような存在だった」とか、エピソードは色々あります。

メンタルコーチのように、の話は、神経質なピアニストが「どうしても今日のピアノがしっくりこないのでもう一度、調律をして欲しい」と開幕ギリギリの時間に言ってきたので、その信頼されている調律師はピアノの所に行って作業のフリをして何もせず、戻って来てピアニストに「ちょっとペダルを調整したら良くなりました。」と言っただけでピアニストが安心してステージに上がって行った、とか。

つまり私より何千倍もの音楽的才能に恵まれた人間ですら、小説や漫画に出てくる天才のようには、「遊ぶように楽しく」なんて弾いてはいなかったのです。

今、過去とは全く異なる心境でピアノに向かってみると、「なんだ」と思うことが度々。

昔、闘っても闘ってもどうしても乗り越えられなかった事がふんわりと乗り越えられているのです。(この年齢でまだ伸びしろがあるってか?)

何の職業でも、それを「生業」として生きていくのは大変な事なのかも知れません。

しかし、、、楽しくなければ決して伸びない。

| ピアノ | 10:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
2人のピアノレッスン

J子さんとお孫さんのKちゃんのピアノのレッスンが始まったのが2017年の9月の事でした。

2人の年齢差60年。

Kちゃんも5歳になり(2歳の時には舞浜に合気道にも来てました!)その年齢差を感じさせない関係になりつつあります。(笑)

忙しくて(?)なかなか練習のできないJ子さん。

Kちゃんの一言、「やろうと思えばできるでしょ。」

渡した楽譜をなくしたJ子さん。

私、「探せば見つかると思うけど。」

Kちゃん、「ものすごく散らかってるから。」

ぐ、ぐ、ぐ。

最初は自分のレッスンが終わってJ子さんのレッスンになると退屈して話しかけたり動き回ったりしていましたが、私の「先に一人でおうちに帰ってる?」の言葉以来、おとなしく待てるようになりました。

Kちゃんはいろんな質問を投げかけて来ます。

「先生の髪の毛はなんでキラキラしてる所があるの?」

「それはね、白髪を染めてるからよ。」

「先生の目はなんで黒目のまわりが青いの?」

「それはね、白内障のせいよ。」

こんな会話をしているとなんだかお見舞いに来てくれた赤頭巾ちゃんにベッドの中から答えている狼になったような気分になります。

昨日のレッスンもJ子さんのレッスンの間、いい子で待ってる、、と思ったら眠ってました。

子供は天使です。

どんな夢みてるのかな。

| ピアノ | 10:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
調律師、という仕事。

先日、ピアノを弾いていて久しぶりにピアノ線が「パキン!」

といって切れてしまいました。

で、今日はちょっと自慢話。

「私の指もまだまだ捨てたもんじゃない。」と思いました。

(金属疲労ということもあるしね。)

 

 

 

ピアノ線は1本1本が約80キロの力で引っ張られています。そのピアノ線が一つの音に3本。高音域になるほど、当然ピアノ線は細くなり、短くなりますから、高音のピアノ線は切れやすくなります。

いつもの調律師のSさんに電話をして、その日はSさんではない方が雨の中を来て、切れたピアノ線を張り替えてくれました。

 

作業が終わってから、お話を伺いました。

「久しぶりにこのピアノを触って懐かしかったです。」とK さん。

うちのスタインウエイは1930年製の古いグランドピアノです。蓋をあけると中に、ケンプとアシュケナージという二人のピアノの巨匠のサインがある特別なピアノです。そのサインを見て懐かしかった、のかな?と思ったら、それだけではなかったのです。

「音がまろやかに木枠と共に鳴るんですよね。」とKさん。

ここから俄然、話に熱が入りました。

「新しいホールに入れられた新しいグランドピアノが良く鳴るようになるには使用頻度にもよりますが2、3年かそれ以上かかります。しかし、その新しいピアノが10年経過したら、このピアノのように良く鳴るか、と言ったらそうではないんですね。このピアノのように鳴るようにはならないでしょう。」とKさん。

「そんなにこれはいいピアノなのですか!」と私。

 

 

(da capo、ということはケンプが1961年にこのピアノを弾いて、

 1976年にまた帰って来た、ということなんでしょう。)

 

 

1930年という一番、スタインウエイがいい職人でいい木を使用して製造していた時のピアノ、とは知っていましたが、そんなにあちこちで違うピアノを弾くわけでもない私にはその素晴らしさはよくわかってないのかもしれません。

何とモッタイナイ!

ヴァイオリンは使用する木が命とはよく聞きますが、ピアノも考えてみれば木の箱に入った楽器です。その木、そして塗装、そんな事までが音に影響してくるのだそうです。

 

 

ピアノ調律師の戦場、といえばショパンコンクールです。

その話になると、「私の個人的に思うショパンの音と演奏とは全く異なる世界なんです。」とKさん。

それは私も同感です。

「とにかく、明るく華やかに、そしてクリアに鳴る楽器、調律が求められる。演奏もしかりです。コンクールで優勝するショパンの世界みたいなものがありますね。」とKさん。

(そんな風潮にして来た審査員の責任も大きいと思うけど。)

(何事もパッと見栄えがするものと本物とは違うと思うけど。)

 

今の時代、画像も音質もデジタル化されて、

それはそれは鮮明になりました。

それに慣れてしまった視覚や聴覚には、それ以下の鮮明度のものには物足りなさを感じてしまいます。

濃い味に慣れたら、だしの効いた薄味はもの足りなく感じるのと同じです。

ではその鮮明な色彩が自然界の色なのか、

と言ったら、そうではない。

デジタル化された音楽をヘッドフォンやイヤフォンで聴く、

その音質が最高の音質なのか、

と言ったら、そうではないのです。

 

Kさんという人が調律師という仕事を職業として人生を歩んで来られた事に何か感動を覚えた一日でした。

ヴァイオリンの名器なら持って出かけられますが、ピアノはそういうわけには行きません。ミケランジェリというピアニストは世界中、自分のピアノを運んでコンサートをしたそうで、しかも時には自分のピアノを置いてホールの音響が気に入らないとコンサートをキャンセルしたそうですが、そんなわけにも行きません。(プロならどんなピアノでも弾け!とも言いたいけれど。)それも無茶な話です。

(今、話題のマルタ島には船で行って、帰って来ましたが....。)

せいぜいここに来る生徒さんたちと楽しむくらいしかできないけれど、

この名器が私の所にあるのは調律師Sさんと父のおかげです。

Sさんとは、かれこれ40年のお付き合いになります。

| ピアノ | 12:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
 The Sound of Silence.
新しいピアノの生徒さんが入られました。
彼女は高校生までピアノを習ってソナチネ、ソナタ、ショパンまで行ったのですから、ピアノ教室では「上級クラス」まで進んだという事になります。
高校生でピアノを辞めて、その後は大学、就職、結婚。そして2人の息子さんを育て上げ、ご主人を看取り、息子さんたちも結婚されてそれぞれにお孫さんにも恵まれました。

そこまで人生を生きてきた所で、
「さて、これからの私の人生でなにが一番やりたい事なんだろう。」と考えた時に、「ピアノ」が浮かび上がったと話してくれました。
「子供の時についていたピアノの先生には間違えると叱られました。」と彼女。
バッハとモーツアルト等を弾いてもらいました。
「確かに、間違えないように!と言う弾き方ですね。」
と言うと大笑い。
そこで私がお話した事はこんな事でした。


もう、間違えないように、を最優先に練習するのは終わりにしよう。合格の丸をもらう事、発表会やコンクールの為に練習するのも終わり。
これからはピアノを楽しんで弾こう。
たとえば、音楽の歴史を学んで、この曲が音楽史上どの辺りに位置しているのか。
この作曲家の人生はどんなものだったのか。
そして譜面を読んで行く事で、作曲家が言いたかった事を見つけよう。
主旋律に隠された副旋律。
低音の進行。和音の構成。楽曲の構成。
作曲家からのサインやいたずら、落とし穴。
たった一つの音で世界が変わる瞬間。
曲の中にあるたくさんの、「そして」とか「しかし」とか「さらに」とか「要するに」とか「でもやっぱり」とか「それでどうする」とか「思ってもみなかった事に」とかを見つけよう。
速く、正確に弾く事を目標にしないで、
曲にこめられたメッセージの伝導者になるつもりで
曲に向き合ってみよう。
そして、力を入れっぱなしにして弾くのではなく、
緩急をつけて脱力する事も学んで。
(実はこれが一番難しく、一番重要なのですが)
更には音のない瞬間も音楽が奏でられるように。



(写真は「レントより遅く」の楽譜。どんだけ遅いかって?)

彼女がどんな性格で、これまでどんな風にがんばって生きて来たかも、すごく良くわかって、2人で大笑いしました。
また一人、楽しい生徒さんが増えました。

ご縁を繋げてくれた友人に感謝です。



 
| ピアノ | 21:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
一期一会とは言うけれど...
私の所で5年間ピアノを学び、舞浜さくら会で
2年間合気道を、みんなと稽古した片ノ坂さん。


最後の彼の稽古の時に間に合わなかった、三級の免状と名前入りの茶帯を取りに来れたのが、12日火曜日の今川学園の合気道クラスの時間。
子供たちの前で免状を代読して茶帯と共に渡した。
子供たちにおめでとうの拍手とハイタッチを全員からされて、「いいですね〜、子供たちの合気道。」と言って帰って行った。

ピアノは9日の土曜日に、3人の関係者の前で、震える指を必死にこらえて、一番大事に弾き続けて来た2曲をしっかり弾ききった。
思えば5年間無遅刻、そして5年間、私が「どうぞ。」と言うまで、決して椅子に座らなかった。

考えてみれば週に火、木、土と3回も会っていたんだ。しかもピアノの時間と合気道の時間ではお互い全く違う人間だった、と思う。
一つだけ彼が同じだった事がある。
それは、どちらでも決して自分を良く見せようとはしなかった事。ダメな自分をありのままに出せる人間だった。それが今になって、普通の人間にはなかなか出来ない事だと気がついた。

「14日の午後、鹿児島行きの飛行機で帰ります。」
とは聞いていたけれど、
何時の飛行機かは聞きそびれたので、夕方、
「鹿児島で落ち着いたら近況報告して下さい。」
とメールを送った。

しばらくして、
「只今、鹿児島に到着致しました。」
とメールが届いた。
彼らしい丁寧なメールを読みながら目頭が熱くなるのを抑える事ができなかった。
人との出会いが私にとっての宝物。
別れは、やっぱりとっても寂しい。

たくさんの思い出をありがとう!
鹿児島で頑張るんだよ。
最後に渡した曲、弾けるようにしとくんだよ。
合気道も幼なじみと続けるんだよ。







| ピアノ | 09:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
音楽と合気道
いままで結構な数の人たちから、
「ピアノと合気道?何か結びつかないな。」
と言われてきました。
「それが、つながってるんです!」
と答えるものの上手く説明できないもどかしさがあったのですが、先日の藤平信一先生のお便りで「音楽と氣」の事を、先生はこんな風に書かれていました。

「ピアニストの方にはリラックスを体得していただく事によって、ピアノの音そのものが変化して、とても澄んだ音になります。
ピアノは一つ一つの音の集まりによって、
音楽となります。
そのため、音と音の間で、
「氣が切れない」事はとても重要です。
一つの音の終わりは次の音の始まりであり、
音のない間も音楽です。
ピアニストには「氣を切らない」事が役に立ちます。
そして演奏する前に心を静める事が大事です。」
  (「音楽に氣を活かす」
     ー藤平信一先生メールマガジン10月号)

なるほど、こういう事は生徒さんにはいつも、
指導しているのに、
なかなか文章にまとめる事はむつかしいものです。

ちょっと付け加えさせていただけるのならば、
ピアニストは演奏中に、現在弾いている場所よりも
少し先に頭の思考がいっているのも、
「氣を切らない」事なのかもしれません。
現在よりもやや未来に既にいっていて、
その先の終止形までつながっています。
そうでないと、音楽が流れて躍動し渦巻くようなダイブ感が出て来ないので、楽譜の中の音たちが生き生きと現在に蘇る、という事にはなりません。
また、そのズレのような感覚は、
自分を天井から離れて冷静に見ているような、
「幽体離脱」のような感覚でもあります。

合気道の場合、あるポイントで、
「もうこれで大丈夫」みたいな、
相手のツボをキャッチした時に、
リラックスした力ではあるけれど、
あらゆる反撃に対して「対応準備完了」
のような感覚になります。
自分の気持ちの中で既に相手を捉えて優勢になっているので、「心が騒がない」という状態になります。
心が騒いでいないので、相手にとっては、
「攻撃に出る壁が見つからない」ような感覚。
そよ風に揺れるカーテンに、
思い切り殴り掛かる事は不可能です。

自分が「実行」しているものを、
自分が「把握」している「感覚」
とても似ているのです。
それが逆に上手く行かない状況の感覚も似ています。

薄紙一枚の差。




| ピアノ | 15:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
レントよりおそく
フランスの作曲家ドビュッシーの作品に「La Plus Que Lente
(レントよりおそく)」という小さな曲があります。


あまり知られてはいない曲ですが6ページ、
フラットが6個(つまり、ドにもフラット、
つまりドフラットはただのシになります)
の美しい曲です。


音楽の速度記号は、速い方から並べると、Prest,Allegro,Moderato,Lent, となります。
これらはイタリア語なので、
イタリアでタクシーに乗って急いでほしかったら
「プレスト、プレスト〜!!!」と叫べばいいのです。

で、このレントという速度、これが今日のお話。
前にも書いたのですが、一つの曲を練習して弾けるように
なっていくと、どんどんテンポは速くなる傾向があります。
理由の一つは、運動神経的なアプローチからすれば、
速く弾ける事が楽しい事。
演奏効果的アプローチからすれば、
すごい演奏らしくなる事。
最も大きな理由は、弾く人間にとって、
「気分的にとても楽」になる事です。

速度に逃げる、という安易な解決策。

だからみんなどんどん速くなる。
たった一人、その事に逆流しようとしたピアニストが
いました。カナダのグレン.グールドという「変人」
呼ばわりされた人ですが、彼の演奏は未だに
「名演奏」と言われています。(特にBach)

ゆっくり弾くのは簡単じゃないか、と思ったら大間違い、
簡単ではないのです。
たとえ話で、こんなエピソードがあります。
「ショパンの革命エチュードや、英雄ポロネーズを華麗に弾き
まくった名ピアニストが最後にアンコールでシューマンの
トロイメライを弾き始めたら、、、
緊張して汗だくで自分と闘っているようだった。」

レントが既にゆっくりなテンポなのにレントよりおそく、
ってどんだけ遅く?
まるで禅問答のような作曲家の要求ではありませんか。

しかし全てにおいて「レントよりおそく」を
試してみる価値はあると思うのです。
音楽だけでなく、合気道も、仕事も、生活も、食事も、
思考も、、、、音のない空白さえ
音楽になるように、、、、La Plus Que Lente.

| ピアノ | 09:59 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
全く予期せぬ時に、
マルタに住んでいた頃に、「時々、精霊が降りて来て私を祝福する。」なんて、わけのわからない事を書いたけれど、それが昨日、久々に訪れた。

マルタの頃よりも圧倒的にピアノに触れる時間が減った。熱心な生徒さんに、こちらが触発されたりする始末。

ところがなぜか、全く予期せぬ時に私の音楽の精霊が降りて来た。自分が弾く音がものすごくクリアーに聴こえる。信じられないくらいに楽譜からも技巧からもフリーになれる。
「うん?これはたまたまこの曲に今日の自分が乗っているだけ?」と思い、他の曲を弾いてみる。全く同じ感覚。何と言う幸せな感覚。
自分がうんうん、唸って解決できなかった事、どうしていいかわからなかった事、(同じか...)弾いててちっとも面白いと思えなかった事、そんなあらゆるモヤモヤから突然に私は解き放されて大きく羽ばたいた、そんな気分。突然、計算が解けて、答えが出た気分。
こんな瞬間が時々でも持てたら、生きる希望がわくと言うものだ。

心の底から幸福だと思った。
心からピアノの音色が美しいと思った。

もし機会があるなら、どんな楽器でもいいから、ギターでも、ハーモニカでも、三線でも、オカリナでも、楽器に触れて奏でてみてください。
練習を重ねたら、必ずいつか至福の時間がやって来ます。
至福の時に、「ああ、ここで自分の人生が終わりになったらどんなにいいか。」と思ったりします。


| ピアノ | 19:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
予期せぬ来訪者
Annaという女の子から、「Piano Lessons」というメールが届いた。

「バレッタのショップに貼ってある、あなたのピアノのレッスンのチラシを見てメールしました。もし、まだバレッタ市内でレッスンをなさっているのなら、ぜひお願いしたいのです。一時間だったらおいくらですか?」というような内容だった。
前にピアノを弾いていたけれどやめてしまって、もう長い事ピアノに触れないでいたけれど、再開したくなった。でもグレード試験やコンサートには興味がないので、純粋に楽しみながら弾きたい、と書いてある。
なんてうれしい!
そして、なんて残念!
そう言えば、小さなローカルなミュージックショップに広告のチラシを貼った事を思い出した。
それがまだ貼ってあるなんて...。
そうか、「メールアドレス」というのはまさにメール上のアドレスなんだ。実際に住んでいる場所とは何の関係もなく存在している。当たり前の事だけれど、考えてみれば「住所」という概念とはずいぶん異なる事に気がついてちょっと不思議な気分になった。
あわてて返事をした。
「ごめんなさい。私は日本に帰って来てしまいました。あなたにレッスンができなくて、すごく残念です。」
返事なんて来ないだろうと思っていたら、すぐに返事が来た。
「あら、本当に残念。スタインウエイのピアノはきっと素晴らしい響きがしたでしょうに。もし、またマルタに戻る事があったら、必ず連絡ください。」
どんな人なのか知る由もないけれど.....とってもかわいらしいではないか。
「もしマルタに戻ったら、必ず連絡します。っていうか、あなたが日本に来てくれてもいいんだけど。」
と返事をすると、こう返ってきた。
「ええ、できる事なら、ぜひそうしたいものだわ!」
ここまでくると、本当に会ってみたくもなる。
きっとすごく可愛い女の子だ!

合気道の尊敬マルタのウイリアムに、頼まれていた「武器技」のDVDと、一緒に稽古した時の写真のCDを送ったのが、昨年暮れの20日頃。
「クリスマスプレゼントには間に合わないな。」とは思ったけれど、先日「届いたよ。」とメールが来た。
航空便で送ってなんで一ヶ月もかかる?
マルタだから仕方ないか...。
無事に届いただけでもよしとしよう。
そのウイリアムのメール、合気道の話はそこそこで、びっしり書かれていたのはピアノの事。
「とうとうベートーベンの月光ソナタ全楽章をマスターした。完全に心の中に入れた。(暗譜したって事?!)そしてピアノを勉強中の姪っ子に聴いてもらったら、「とっても上手。先生について勉強すべきだわ。」と言われたんだ。先生につく事は全然考えていなかったけれど、とてもいい先生を紹介してもらった。
そして、僕は決心した。2年間、みっちりレッスンを受けてデイプロマを取るって。DVDに同封してくれた楽譜も弾いてみるよ。次に弾きたいのはショパンのバラードとワルツブリランテ。」
まあ、大曲ばかり、よう言うわ!
あの、頑固なウイリアムが先生につく事にしただけでも、どれほど彼が本気になっているかがよくわかる。
トニー先生が、
「これから、ウイリアムには二か条も三か条も注意してかけないと。何てたってピアニストの指だからね。」
とからかうと、ムスッとふくれていたウイリアムを思い出して笑ってしまった。

(こっちを向いているのがウイリアム。となりがトニー先生)

こうして、クラシックのピアノを弾こうと思う人たちが増えるのはすごくうれしい。「聴く」よりも「弾く」方が、より音楽と身体が共鳴する。
ベートーベンの音楽を奏でたら、どんなにこの時代の人間の精神が今と比べたら健全で純粋だったか良くわかるはずだ。
「驚くべき健全さ」とでも言えばいいのかな。
そしてベートーベンによって音楽が画期的に「自由」を獲得したという事も。たった一人の人間から大きく音楽の流れが変わったなんて、まるで革命のようだ。

メールアドレスの世界では、私たちはどこにでも住んでいられるけれど、現実には一つの場所にしか住んでいられない。その現実を忘れちゃいけない。でも少なくとも、こうして人と出会い、つながっていけるのは素晴らしいと思う。

そうしてつながった人間たちは、チュニジアという国を動かす事までやってのけた。マルタから飛行機で40分たらずのチュニジアで起きた事は、とてもよそ事とは思えないものがある。
この話はまた。


| ピアノ | 19:53 | - | trackbacks(0) | pookmark |