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English in マルタブログ!

Yet Another JUGEM.
#Let's Play Piano # も40曲になりました。

マイクの仕事も合気道の稽古も何もかもが止まってしまっていた5月に、何となく始めた「ピアノを弾こう」のフェースブックでの動画掲載が40回になりました。

自分の人生を振り返ってみた時に、私がやって来た事はピアノと合気道しかありません。

今は合気道の比重の方が大きくなってしまいましたが、合気道歴は24年、ピアノはその倍以上。

生業にしてきたとは言え、そんなに長く付き合ってきて私の生活を支えてくれたピアノと、もう一度きちんと向かい合ってみよう、と思ったのがきっかけでした。

ただ一人で弾いて楽しむのと、きちんと音を録るのとは違うだろうな、、、と。

そして、違いました。笑

一応3分以内、長くても5分を目安に選曲し、スマートフォンで録画しているのですが、録画のボタンを押した途端にメンタルが緊張するのがよく分かりました。

合気道仲間のポチには「なんで手だけしか写ってないの?」とか言われましたが、「私のピアノを一度も聴いてないアンタの為に弾いとるんや!」と、ど突いてやりました。

コンサートも発表会もできなくなったコロナの時代に数多くの音楽家たちが活動の場を失いました。

彼らはどうするのか。

政府の補助金がもらえる国もあるかも知れない。新しい表現活動の場を模索する人もいるかも知れない。

しかし、それでは農業に転向しよう、とか他の職業に転向しよう、と割り切れる人は少ないと思います。なぜなら音楽を生きる糧として、そこに全てを賭けてきたなら、そうそう身軽に変わり身ができないのは、きっと他の職業の人も全く同じだと思います。そこに自分のアイデンテイテイーがあるのなら、、、

スマートフォンという小さなパネルで録る音は悲しいほど貧弱で薄っぺらい。

そしてその小さなパネルで聴く音も貧弱です。

「それでもいいや、自分の為じゃ!」と思いながらやってみると、楽しい事も見えてきて、、、、そしてたった一人の人にでも伝わる何かがあるならば、ともはや自己満足の世界。

録ったものを自分で聴くのはとっても苦手。ミスした所も、ミスる前から気持ちと指の「破滅への道」が手に取るように分かって楽しむなんてものではありません。(録りなおせばいいんだけどね)

楽譜の山を見ながら、出来るところまでは続けてみようかと。

小さなパネルで聴いた音楽を、誰かがもう少しまともなシステムで聴いてくれるなら、誰かがいつかはコンサートホールまで足を運んでくれるなら本望です。

Better than nothing.  (なにも無いよりはマシ)

 

 

| 音楽を聴くこと。 | 13:07 | comments(0) | - | pookmark |
ピアノ調律師

私が自宅でのピアノ教室を始めてから40年以上が経過しました。その間、ず〜〜っとお世話になっているのが白金にある「斎藤ピアノ調律所」の社長の斎藤さんです。きっかけは麹町に住んでいたピアニストのSさんとエリック・サテイのコンサートをしていた時に紹介されました。それ以来のお付き合いです。

 音楽大学に入った時に親が買ってくれたヤマハのグランドピアノを持っていて、スタインウエイのグランドピアノに憧れていて、しかし新品はフェラーリが買えるようなお値段ですから、庶民の私にはとても買えるようなものではありませんでした。

恵比寿の楽器店の店頭になぜか格安の新品が出ていて、一緒に見に行ってもらったらピアノの底を見て、

「これは港で荷下ろしの時に落下させてますね。」

と一言。

浜松の輸入楽器が揃っているところにも一緒に行ってもらいました。おじさんと音大生、と言う感じで行ったのですが、お店の方に、「専門の方ですよね?」と見破られたりもしました。

年に一度の発表会の時はコンサートホールの調律もお願いし、慌てて着てた私のドレスの背中のねじれも気付いて言ってくれました。そう、あの頃は一人で娘二人育てながら全く余裕のない怒涛のような毎日を送っていました。

斎藤さんはお父様の代から日本のスタインウエイ専門の調律をしてこられました。きちんとしたコンサートホールでは(浦安もです)ヤマハの調律師さんには仕事をさせないほど厳密なものです。

ちょうど私が離婚した時に、ある大使館関係の方の別荘で使われていて、そこを訪れた世界的ピアニストのケンプやアシュケナージのサインが書かれている1930年製の名器を縁があって紹介して下さり、その古いピアノが私の物になったのです。

マルタまで船で運ばれ、また日本に船で帰って来て、

今ここにあります。

 以前は毎年お願いしていた調律もだんだん間があいて、先日、久しぶりに調律をお願いして、イギリスの執事のような雰囲気の斎藤さんが来て下さいました。

「おいくつになられました?私がもう60とっくに越えましたから」と言うと、

「先日亡くなられた野球の野村監督くらいです」

80を過ぎても仕事が出来るなんて素晴らしい事です。

5月にはレコーデイングの仕事で浦安の新しいコンサートホールにも入るとか。すっかり終活の話なんかで盛り上がってしまいました。

「そうそう、もし私が死んで娘たちの手に余ったら、、その時は斎藤さんに相談すればいいですかね?」

「そりゃもう古くてもスタインウエイですから、、、」

「でも私が死ぬ頃には斎藤さんも、、、」

「一応、息子が家業を継いでますから」で、大笑いしましたが、これも大事な終活でした。

 お帰りになる時に仕事の鞄を持ったら重いのなんのって、13キロは軽く越えてます。

門の所まで出て行くと、

「あ、お見送りはなさらないで下さい。

背中に年齢が出ると言いますから」

と、昔のまんまの斎藤さんでした。

人間関係も40年にもなると、もう家族のようなものです。お元気で!

またお願いします。

| 音楽を聴くこと。 | 18:21 | comments(0) | - | pookmark |
マイクのB&O騒ぎ

何年か前に、マイクが凝ってるデンマークのオーデイオシステム「B&O」を「来週、フランスに行っちゃう」と言うニュージーランドのかわいい女の子から買った事はブログに書いたと思います。

彼女の部屋は「B&O」のセットを置くためにリフォームされていて、大事に使われていたのに、我が家に持ち帰って最初にかけたCDは聴けたのに、その直後、、、なんと動かなくなりました。

そして今回、「これが最後」と言うマイクに「10年間のバースデープレゼント無し」と言う約束で、今度は「来週、シンガポールに行っちゃう」と言うドイツ人から同じセットを購入しました。

ドイツ人の自宅まで行って確認して、送料こちら持ちで送ってもらう事に。

 

そして2日後、大雨の夜にバイトのようなおばさん二人が運んで来ました。

ちょっと嫌な予感はしたのですが、、、箱を開けてみると、自動的に開くガラスのドアのビスが壊れて、ガラスが外れてしまっていました。

早いほうがいいと思い、すぐに運送会社に連絡。

翌日、回収に来てそれから1ヶ月。

色々、修理しようと奔走してくれたようですが、何せデンマークのレアなメーカー。しかも製品は20年前くらいのものでもう部品の取り置きもない。

「もうしばらくお時間ください」と何度かOさんから途中経過報告の電話をいただきました。

とうとう先日、こんな電話がかかって来ました。

 

「二つ提案があるのですが、、、一つは、かけられていた保険で全損という事で製品を全て回収して保険金をお払いする。もう一つは私がネットで見つけたのですが、この製品のガラスドアを現在¥14800、即決価格¥29800、というのがあって、当社でこのオークションを競り落とす事は出来ないので、そちらで買っていただいて、その金額を後ほどお払いする、というこの二つのどちらかでいかがですか?」

と言われました。

もちろん後者を希望して、ネットを調べたのですが、もうそのガラスドアはなくて、その代わり壊れたのと同じモデルの物が意外と安く出ていました。

Oさんに相談すると、「それでもいいです」との事。

 

そこでやったこともないネットオークションで入札して、

「現在、あなたが最高入札額です」と出て、終了20分前からパソコンの前でドキドキしながら待機。

すると最後の数分のところで値段がガバガバと跳ね上がり、、、しかも説明には「ノークレーム、ノーリターンでお願いします」と無茶苦茶な話。

すっかり「ネットオークション」なるものが嫌になって、Oさんに電話しました。

「よく程度のわからないものがプロの人たちで価格操作されているようで、そういう所で買うのはやめます。そこで相談ですが、壊れたガラスドアをメーカーで外してもらってそれを返していただけませんか?」

そうしたらOさん、

「実は自分もいろいろ調べてみたのですが、自分でも外せそうです。今夜にでも外して明日、そちらにお送りします」

 

半分、不安でしたが、翌日の夜、箱が届きました。

開けてみると、、きれいにガラスドアは外されていて、あとは全て正常に作動しました。

事故が起こったのが1月15日。

昨日が2月18日。

約1ヶ月間のゴタゴタでしたが、

(それ、全部交渉したのはもちろん私)

本当に誠実に対処してくれたOさんに感謝です。

ヤマト運輸さん、

素晴らしい社員さんが初台にいらっしゃいます!

 

ちょっと「不幸中の幸い」のいいお話でした。

これから外でヤマト運輸の車を見たら頭下げます!

そして、マイクの「B&O病」はこれでおしまい。

おかげで、狭いリビングに4本のスピーカーが立ってます。

| 音楽を聴くこと。 | 13:59 | comments(0) | - | pookmark |
二台のピアノの聴き比べ

新しく新浦安駅の近くに出来た浦安音楽ホールで催された「ピアノの聴き比べ」講座に行って来ました。

舞台にはピカピカのヤマハとスタインウエイのフルコンサートサイズのグランドピアノが二台。

ヤマハはスタインウエイより36年遅れてピアノ製造を創業し、今や世界第一位のピアノメーカーに上り詰めました。ドイツの銘器ベヒシュタインから技術的なものを学び、今やオーストリアの銘器ベーゼンドルファーも買収してヤマハの傘下にしています。

昭和音楽大学の川染教授による両社の歴史や企業戦略の違いなど興味深いレクチャーの後、ショパンのノクターンを弾きました。

「皆さんの独断と偏見に満ちた好みで判断してください。」とどちらが良かったか挙手。

結果はスタインウエイの勝ち、でした。

実は私は内心、「昔はスタインウエイがピアノの神様のように扱われて来ましたが、今や日本のヤマハのピアノがそれに追いつき、ついに世界のピアノの頂点に立ったのです。」というようなお話になるのかな、と思っていました。

ショパンの後、モーツアルト、ラフマニノフ、ドビッシーなどが弾かれました。

私の印象は、どちらのピアノもまだピカピカゆえ弾き込まれてもう少し時間を経ないと音が出来上がらないな、という感じで調律の仕上がりも、特にスタインウエイはイマイチ、という感じでした。にもかかわらずその音の違いは歴然としたものでした。

教授いわく、「ヤマハは元気が良すぎて音が大変クリアに出る、スタインウエイは音色を弾きながら作り上げる事がピアニストとしてやりやすいです。」

ヤマハがその技術の総力をあげてスタインウエイのすべての部品を分解してあらゆるデーターを取り、その通りに作ったけれどもスタインウエイのピアノにはならなかったというエピソードもあります。

先ほどの企業戦略ですが、スタインウエイはその音の芸術性にこだわり、ヤマハは子供の音楽教室に力を入れた、その違いが今の結果につながったようです。

舞台の上のSTEINWAY D-274 とYAMAHA CFX、

お値段は?どちらも約2000万円。

「おう、ヤマハも同じ価格で勝負してるのか!」とびっくりしましたが、私はスタインウエイはもっと高くても、ヤマハはもっと安くても妥当かなと思いました。

2000万円、と言っても車ならフェラーリが買えるか買えないか、のレベル。車と比べてもしょうがないけど、、、。

後半は二台のピアノのための曲を4曲演奏。

ピアノを対面にして手前のピアノの蓋を取ります。

ピアソラの「リベルタンゴ」モーツアルトの「二台のピアノのためのソナタ」三善晃の「朧月夜、夕焼け小焼け」ガーシュインの「ラプソデイ・イン・ブルー」

この中のピアソラとガーシュインは私も弾いた曲なのですごく興味深く聴きました。しかし聴いてて一番良かったのはモーツアルト。ピアノを弾く人間の「これは弾いてて楽しいし、聴く人にもこういう曲がいいかな。」というのと実際の良さとはちょっと違うのかな、と勉強になりました。

とにかく、これだけのコンサートが500円です。

安いのはありがたいけれども、もう少し上げてもいいような気もします。ホールと楽器と演奏者と作曲家へのリスペクトとして。

| 音楽を聴くこと。 | 09:34 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ロンドンの中古レコード屋

舞浜の合気道の新入生に「ロンドンに行くのですが何か欲しい物ありますか?」と聞いたら、「あ、中古のレコードを買って来てくれたら嬉しいです。ピーター・ガブリエルの。」

こんなに即、具体的に頼まれたことがちょっと新鮮。

次の稽古の後に

「もう1枚いいですか?シングル盤でmoonlight shadow」

今は耳にイヤホーンを突っ込んで電車の中とかで音楽を聴くのがフツーですが、私の中では、レコードプレーヤーにレコード盤をカバーから出して置き、ゆっくり針を落とし、スピーカーの前に座って明かりを落として、のいうのが正しい音楽の聴き方とまだ信じてるので、30代の若者が「レコードを聴くのが好きなんです。」なんて言うと感動してしまう。

ロンドンの2日目、娘のMがホテルまで来てくれる。

「どこに行きたい?」と聞くので、

「中古のレコード屋」と言うと、

「あ、私も買いたいのがあるから。」

と連れて行ってくれたのがイズリントン(なんとイギリスっぽい名前)という街。

街について歩き始めてすぐにマイクは「B&O」のお店を見つけてそこで40分。ワイヤレスの最新ヘッドフォンは5万円近いお値段でしたが素晴らしかった。

もちろん聴いただけ。電圧も違うしね。

そこからぶらぶら歩いて見つけたレコード屋は

「Flash back」

入ってみるとたくさんのレコード!

お客さんも!

そして見つけた!2枚のレコード!

ミッションのようで楽しかった!

Mもレコードを数枚買って、マイクが「プレーヤーあるの?」と聞くと、

「うん、持ってるんだけど今の部屋には置けないので友達の家に置いてもらって時々聴いてる。」とM。

彼女にはミュージシャンの友達も何人もいる(らしく)コンサートで彼女が歌ったこともあるそうな。

「すごくノリノリで歌ってたんだけど、気がついたらお客さんみんな帰っちゃて、誰もいなかったんだよね。」とおかしそうに笑う。

なんか楽しそうだね、あなたのロンドン生活。

毎日キッチンで10キロは歩いてると言う彼女、この日も私たちを連れて10キロ以上。

この2枚のレコードは昨日の稽古の後、無事に依頼者の手に。

他のメンバーにはクッキー1個ずつ、彼だけレコード。

恐縮する彼に「この恩は、黒帯になることで返してね。」と言うと、「黒帯ですか!いつになることやら。」

なるまで生きてるから!

| 音楽を聴くこと。 | 11:16 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
「Boy named Sue.」という曲。親につけてもらった自分の名前は大切にしよう。

もう30〜40年前になってしまうかもしれない...。

ジョニー.キャッシュの曲に、「Boy named Sue.」
という歌がある。
曲は知っていたけれど、英語の歌詞まで追いかけられない私は、
つい先日、その歌詞の意味をマイクから聞いた。 
「おやじは俺にスーという女の名前を付けて、
お袋と俺を捨てていなくなった。
お袋は女手一つでそれは苦労して小さい俺を育てた。
俺は俺で、名前のおかげで小さい頃からずっといじめ続けられた。
それがどんなに辛かったかなんて、
とても説明できるもんじゃない。
それほど俺はどこへ行ってもいじめられた。
大人になって俺は決心した。
おやじを探し出して、ぶっ殺してやると。
探して探して、やっと俺は憎いおやじを探し当てた。
「おまえがふざけてつけたおかしな名前のおかげで、
どんなに俺が苦労したか、お前にはわからないだろう!
ぶっ殺してやる!」
おやじと取っ組み合いの喧嘩になり、
おやじをねじ伏せた俺は銃を出して、
おやじのこめかみに当て引き金を引こうとした。
その時、おやじがこう言った。
「わかった。俺を殺す前に一つだけ、
お前に言っときたい事がある。聞いてくれ。
お前の母さんと赤ん坊のお前を捨てて家を飛び出す時に
 俺は考えた。
これからこの赤ん坊は父無し子として苦労するだろう。
だからスーという名前をつたんだ。
その名前のせいで、お前はみんなにいじめられ、
強くならざるを得ないだろう。
そして、どうだ、お前は本当にこんなに強い男になった。」
ぶっ殺そうとしていた、おやじへの憎悪が、
その1秒間で溶けてなくなった。
でも、もうすぐ産まれて来る俺の息子には、
マークでもデニスでもジョンでもなんでもいい、
とにかくスーなんて名前だけはつけねえ。」
歌詞を知らないで曲を聴いてるなんて、
ゆで卵の白身だけ食べてるようなもんだわ。
しかし英語の歌詞はたくさんの事が言えるもんだ。
もう一度、ちゃんとこの曲を聴いてみよう。
| 音楽を聴くこと。 | 15:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
行ってきましたサントリーホール

日比谷線の六本木から歩いて行こうと思ったら、もう完全なお上りさんでした。そびえ立つ新しいビルがここにもあそこにも、「アーク」だの「ヒルズ」だの、もうわからん。それになんで「サントリーホール」の標識が六本木駅からはないの?「最寄の駅」からみんなが行くと決め込んでいるのか。

結構、迷ってる人いました。

 

「ホセ・カレーラスはプラシド・ドミンゴと故ルチアーノ・パバロッテイと共に「三大テノール」と呼ばれ、その3人で開催したイベントでは20億人以上の観衆を動員し、オペラ界に空前の衝撃を与えました。

ホセ・カレーラスはキャリアの絶頂期ともいえる1987年に急性リンパ性白血病にかかり一時は生命も危ぶまれるほどの危機に陥りました。

その後、奇跡の復活を果たし「ホセ・カレーラス国際白血病財団」を設立し、できるだけ多くの患者が最先端の治療を受けられること、医学研究者の奨学金制度、病院医療設備の拡充、患者と家族の支援、国境を越えた骨髄バンクのネットワークシステム、などを推進しています。

白血病撲滅という夢の実現に人生を賭ける決意を固めたカレーラスは自身の公演の多くをチャリテイーと位置づけ、基金のための精力的な活動を続けています。」

(プログラムより抜粋)

 

 

 

 

すっかり髪も白くなったカレーラスでしたが歌声は素晴らしく、曲を重ねるごとにどんどん声も伸びやかに艶やかに。

サントリーホールは舞台の後ろにも席があり、そこからはステージを後ろから見ることになる少しお安いチケット料金の席なのですが、その席を向いて歌った時には感動しました。私たちの席は後ろ向きに歌うカレーラスの声を聴くわけですが、それがまたよく響くこと。

全てを歌いきって、鳴り止まぬ拍手に応え、おきまりの「アンコール」で数曲歌うわけですが、数曲どころかプログラムの曲を歌い終えた後、それは40分にも及びました。

 

私はピアノ弾きなので伴奏者のピアノにも大いに関心がありました。私は「伴奏ピアノ」というものを正式には学んでいませんが、カレーラスの伴奏者は途中、3曲ピアノソロも弾いたのですが、見事に伴奏ピアノと引き分けていました。そして、伴奏ピアノの時も、それはすでに「伴奏」という域を越えていて、カレーラスの歌にちょっと一歩下がった「Duo」でした。

一緒に行った人が,

「私は全然ピアノの事はわからないけど、すごくよかった!」

と言うので、

「それが一番よかった、って言う事だよね。」

と言って笑いました。

以前、「協奏曲は競争曲ではないし、ソリストが自分の技量をひけらかすものでもない。」と書いたことがありますが、世界的テノールのカレーラスと伴奏者の関係は完全に対等なものでした。それはまるで合気道での理想の「仕手」と「受け」の関係のようでした。

(すいません、こんなとこでも合気道が、、)

 

カレーラスが「アヴェ・マリア」を歌い始めた時には、

思わず目を閉じて神様に祈りました。

 

たまにはいいですね、クラシック・コンサート。

チケットを私の手元に届けてくださった人へ、、

感謝です。

| 音楽を聴くこと。 | 11:35 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
BANG & OLUFSEN

BANG & OLUFSEN (B&O)はご存知の方も多いと思いますが、優れたデザインと業界最高峰の音響性能を誇るデンマークの音響メーカーです。映画を見ていると、素敵な別荘やお金持ちの豪邸などによく置かれていて映画のムード作りに役立っています。

私とマイクが一緒になったのも、そもそもは、たまたま偶然に同じB&Oの製品を持っていた事が誤解の始まりでした。本当に、それがなかったら結婚していなかった!

 

 

マイクが手に入れるのを夢に見続けていた製品があって、結構な値段なので私は「オーデイオ製品はどんどん進化してるからもう少し待った方がいいよ。」と言う度に、「そんな事言ってたらやっと手に入れた時には、もう耳が聞こえなくなってるよ。」とマイク。

 

 

 

 

 

 

その製品を「引越しのため譲ります。」という人を見つけてマイクがコンタクトしてみるとなかなかいい感じだったようで値段もまずまず。「マイクも一生懸命、働いてきたからそろそろいいか。」と考えた私と下北沢まで見に行く事にしたのが昨年の12月。

どこかのアジア人のおっちゃんと思い込んでいたら、迷ってる私たちを見つけて「ここよ!」と声をかけたのは可愛い女の子でした。話を聞くと、そのマンションに引っ越した時にすでに部屋に設置されていて(その部屋はB&Oのためにキャビネットもしつらえてあり)前のオーナーからそのまま譲り受けて、すごく状態はいいとの事でCDをかけて聴かせてくれました。彼女は中国系ニュージーランド人でダンナさんはフランス人。来週、フランスに引っ越すのだけれど、次のオーナーさんが「これはいらないから撤去して。」と言われたので売りに出した、との事。

マイクはもちろん可愛いその娘から買う気満々で、翌週、車で取りに行き、晴れて我が家に夢だったB&Oがやってきました。

 

 

セッテイングしてCDをかけて至福の時が暫く、、いきなり止まりました。彼女の家では問題なく鳴っていたのに。

「死ぬ前に一瞬でも聴けてよかったよ。」と言いながら、赤坂のお店に相談に行くと、「これはもう作っていない製品で、CDプレーヤーそのものをもう製造してないのです。」ともっともな説明。仕方なくCDプレイは諦めてアンプとして使いスピーカーの音は楽しめている。

時代は変わったとはいえ、私はそれでもCDを捨てられない。iphoneに音楽をダウンロードして聴いたりしているけれど、絶対にCDをゴミ箱に捨てる事なんて出来ない。LPレコードだって、デイヌ・リパッテイのショパン他、ピンクフロイドの「原子心母」(だっけ?)やデビッド・ボウイのアルバムは大事に持っている。

アルバムの写真は記憶から消える事はないもん。

私は古いのか?

時代に遅れてるのか?

 

 

| 音楽を聴くこと。 | 11:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ショパンコンクール2015
5年に1回開かれるショパンコンクールが昨年、2015年に開かれ、その上位受賞者のガラコンサートの映像を先日テレビで観た。
ショパンコンクール、エリザベート王妃国際音楽コンクール、チャイコフスキー国際コンクール、この3つを「世界3大コンクール」と言い、若き音楽家達の登竜門になっている。
私の聴いた限りでは2位になったカナダのシャルル・リシャールアムランが素晴らしかった。
しかし優勝したのは韓国のチョ・ソンジンだった。
ピアノ協奏曲の選考でシャルルはオーケストラと融和した美しい音楽を創り出した。
一方のチョは、テクニックを披露し、ピアニストが主役、という演奏だった。
協奏曲は競争曲ではないのだ、と私は言いたい。




テニスだってゴルフだって、この1位と2位とではその後の人生が全然違う。
2位の人間はいつまでたっても、「ショパンコンクール2015年2位受賞者」がついてまわる。
その一方、優勝者はがらりと世界が変わる。
コンサート依頼が世界中から舞い込み、
C・D制作もどんどん始まる。




で、このコンクールの功罪についてだ。
「コンクール優勝」はいわば「資格」のようなものだからピアニストとして生きていこうと思っている音楽家にとっては喉から手が出るほどに欲しいもの。
しかし。
この選考がフェアなものでなかったら、、、
これほど罪深い事はない。




これまでもこの種のエピソードには事欠かない。
ある演奏者が予選を通過した事に抗議して審査員を辞めた人の話。
ある演奏者が予選で落とされた事に抗議して母国に帰ってしまった審査員の話。
他の全ての審査員が満点をつけたのに一人だけゼロ点をつけた話。(これは今回も含まれる)
ゼロ点をつけた人間がひどい場合もあれば、良心のゼロの場合もある。
実際に優勝したピアニストが、振り返って「余りに若いときの優勝はその後の演奏活動の充分な余裕もないままの若者にとって害あって益はない。」として若い人のコンクールに反対した話。
審査をする有名なピアニストや教授の弟子が入賞しやすい、とか、コンサートにグランドピアノを提供する楽器製造会社の圧力とか、政治的圧力である年はアジア人が多く、ある年はロシア,東欧人が多いとか、などなど、逸話に困らない。
これではまるで「オリンピックシンボルマーク選考会」と同じではないか。




登竜門なのだから、ここから世界に羽ばたく門が開かれるのだからやっぱり必要なのだろう。
しかし、「最も優秀な演奏」などというものを一体、
決められるものだろうか?
個人的には私はコンクールという考え方が、あまり好きではない。
「やる気を起こさせるための競技大会」(特に子供たちの)も抵抗がある。
「賞」というものに抵抗がある。
それが真正なものであるならばいいけれど、多くはそこに選考する人間のいろいろな思惑がからむ。




こんな事を私がブツブツ言っている今も、
「ショパンコンクール2020」を目指して日夜、ピアノに向き合って8時間も10時間も練習をしているたくさんの若者がいる。
中には、「コンクール受けする演奏法」を伝授する事を宣伝する先生までいる。
中には、コンクールで優勝したのに、それからはピアノを見たくもなくなった子供もいる。
優勝できなくて辞めた子供もたくさんいる。




点数なんかつけられるか?
 
| 音楽を聴くこと。 | 17:54 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
何も変えてはならぬ
たまには本職の音楽の話。

たとえばベートーヴェンのピアノソナタはピアノの専門家を目指す人間にとっては聖書、いや教科書のようなもの。一つのソナタを弾きこなし、人前で弾けるところまでにするには相当の時間を要する。いや、相当の時間を費やしても弾きこなせない場合もある。
「どうしてこんなに音符が多くて、
こんなに難しいの?」
という箇所はいくらでもあり、
「どうしてこの曲をすらすら弾ける奴がいるの?」
と我が身の才能の無さを嘆く事も多々ある。



この曲を弾くのに、音符一つとて変えてはならない。
省略もしてはならない。
カットして短くする事もならない。
#が5つもあって弾きにくいからと、
ハ長調に変える事もならない。

つまり、「何一つ変えない」事が鉄則。

元にあるものをいじくり出したらきりがない。
「何一つ変えない」で何百年もの間をたくさんの演奏家が同じ作品を弾いてきたところに意味がある。
全く同じものだからこそ、
私達は自分の技量がわかる、
弾いている人間の技量もわかる、
技術だけでなく解釈も表現の個人差もわかる。
元のものが同じだからこそ、比較ができる。
自分のレベルがいやでもわかる。


だから「何も変えてはならぬ」なのだ。

偉大な先人たちが残した文化遺産はこうして引き継がれて来たし、これからもこのまま引き継がれていく。
この基盤の上にはジャズがあったり、
私の生徒さんであるKさんが好きな、
「弾きやすくて、きれいで、
心が癒される気持ちの良い」
ピアノ曲もたくさんある。
歌舞伎で言うなら、
何一つ変えずに受け継がれて来た作品の先に、
「創作歌舞伎」や「新作歌舞伎」
があるのと同じ事だろう。


何かを学んでいくには「技術の向上」なくして、
本当の面白さはあり得ない。
この「技術」を取得するためには、「音符一つ変えない」で何万人の人間が長い年月を弾き続けて来た作品を学ぶのが一番だと私は思う。

長い歴史の中で時々、
奇跡のような人間が現れ、
奇跡のような事をやり遂げて、それを残して行く。

それらは「何一つ変えず」に、
守り続けていかなければならない。
そして、その先にある「表現の自由」も、
約束されなければならない。

そう、できたなら、
あとはお好きに!
いかようにも!

という最高のおまけがついてる。

だから、そこまで行ってみよう!

| 音楽を聴くこと。 | 17:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |