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8月15日を迎えて

  • author: YOKO
  • 2014.08.16 Saturday

1945年8月15日、数日前に広島と長崎に原爆を落とされ、未曾有の犠牲者を出した日本は終戦の日を迎えました。この日を「終戦ではない。敗戦である。」という人もいます。
それから69年という長い歳月が過ぎました。

「戦場のアリア」という実話に基づく映画の事を書きたいと思います。

この映画は、2005年に、フランス、ドイツ、イギリス、ベルギー、ルーマニアの合同製作で公開されフランスではその年の観客動員数第一位を記録し、アカデミー賞最優秀外国語映画賞に輝きました。

1914年、第一次世界大戦下のフランス北部、そこでは仏、英、連合軍と独軍がそれぞれ攻撃し合う泥沼の戦場と化していた。
ドイツ人ソプラノ歌手アナはテノール歌手でドイツ軍に従軍している夫に会いたいが一心で、あらゆる手を尽くしてこの最前線までおもむき、そこで自国、敵国の兵士達の前でアリアを歌い、兵士たちを励ます。
どの国の兵士たちも近づくクリスマスを前に、
「クリスマスまでには戦争が終わって家に帰れる。」
と励まし合いながら厳しい寒さと砲弾の嵐の中を耐え忍んでいた。しかし、戦況は激しくなるばかり、とうとう両軍が100メートルの至近距離でにらみ合うところまでに緊迫した。

しかし、この時にアナの歌声をきっかけに奇跡が起る。
「クリスマスイヴの日だけ休戦しよう。」
という声がどこからともなく広がり、3国の司令官はクリスマス休戦を決定し、そしてクリスマスイヴを迎えるのだった。

ドイツ軍は小さなクリスマスツリーを飾り、1人のドイツ兵が「アヴェマリア」を歌いながら中間地帯に歩み出る。スコットランド兵はバグパイプを吹いて、それに答える。そうして、両軍の兵士たちが一緒になってクリスマスを祝う。

その交流の中で、誰もがお互いに思わぬ共通点が在る事に気がつくのだった。
「僕の妻はフランスの田舎が好きでね。」
「この戦争が終わったらぜひ僕の家に来てくれ。」
こんな会話があちこちで始まる。

これはまさに、イエスが私たちに求められた、
「敵を悪者に仕立て上げるのをやめて、
彼らを愛するように」なる事だった。

しかし、現実は残酷で、この休戦の翌日からさらに戦況は激しさを増し、犠牲者の数は膨大なものになる。休戦を決定した司令官たちは、それぞれの軍の上層部に厳しくとがめられ、イヴを共に祝った兵士達も命を落としていくのだった。

この話は「公式」には記録されていないが、多くの兵士たちの証言によって「歴史的な事実」としてヨーロッパ中の人々の間で長い間語り継がれてきた。

神が提唱した「愛」の力は、人間がこうした愚行を繰り返しながらも、「友人」となりうる人たちの間にそびえる障害を打ち壊し続けて行くだろう、というメッセージを私たちに残してこの映画は終わる。

その「奇跡のクリスマス休戦」から100年が経った。
私たちは、人間としてどれだけ進化しただろうか?

夜の聖堂



るろうに剣心

  • author: YOKO
  • 2014.08.06 Wednesday

佐藤健くんの、柔らかそうな唇が見たくて
公開中の「るろうに剣心」見てきました。


あんなに観客が入ってたレイトショーも珍しい。
しかも男の子の多かった事。

映画はもちろん最後まで圧巻の見事な展開と
映像でした。そして健くんがカッコイイ〜!!
あの、妙にふわっとした存在感がいい。
力まない男はほんと、セクシーです。

怒濤の映画が終わって流れるタイトルロール。
なぜか私は、これをじっくり見るクセがあり、、、
そして、目に飛び込んできました。
30年以上前に仕事で関わった人たちの名前が。
役者で一人、音楽で一人、そして製作で一人。

「ああ、みんな頑張ってるんだ、、、」
と胸が熱くなりました。

私にできないものを彼らはやり続けて来たんだ。
そして、彼らにできないものを私はやり続けて来た。

夜道を疾走する車の中、心の中で叫びました。

「人生に乾杯!」



「 白鳥の湖」

  • author: YOKO
  • 2014.02.05 Wednesday

クラシックバレエといえば、先日スイスのローザンヌで行われたバレエコンクールで日本人の男性が優勝して話題となっています。彼はまだ10代の若者です。
バレエといえば「くるみわり人形」「コッペリア」そして「白鳥の湖」これが3大演目。
歌舞伎で言えば「勧進帳」のようなものです。
その「白鳥の湖」をテーマに作られた最近の映画が「ブラックスワン」でした。この映画でナタリーポートマンは、見事にアカデミー主演女優賞を獲得しました。
これはかなり怖〜〜い映画でした。
個人的理由もあって入れ込んで観ていた私には、とっても恐ろしい映画でした。
ストーリーはこんなです。

ナタリーポートマン演ずる若きバレリーナーは、優秀で真面目な美しい女性です。お母さんが将来有望とされながらナタリーを妊娠してバレエを断念し、それ以来つきっきりで娘に自分の夢を託します。
ある日、演出家が言います。
「今度の白鳥の湖は全く新しい演出で行う。
それに適したプリマを選出する。」
そして何とナタリーが選ばれます!
ナタリーは泣きながら母親に電話をします。
「ママ、選ばれたの!信じられないけど。」
、、、、、
そして、そこから彼女の苦悩は始まるのです。
まず、同僚たちの嫉妬。
「どうやって獲得したの?あいつと寝たの?」
「アバズレ!」
そして公演へ向けての猛練習の中で、演出家から浴びせられる言葉の数々。
「白鳥を踊らさせたら君にかなう者はいないよ。」
「、、、、、ありがとうございます。」
「しかし、問題は黒鳥だ。」
そう、「白鳥の湖」には白鳥が愛した王子を惑わせ奪おうとする黒鳥が出てくるのです。しかもそのどちらも同じプリマが演じ分けて踊る事を要求されるのです。
「君の黒鳥は最低だ。
君は誰かと恋に落ちた事があるのか?」
「いえ。」
「男と寝た事は?」
「いえ!」
「だったら今日帰ったらベッドの中で自分でするんだ!
いいか、命令だ!」
ナタリーは顔を真っ赤にして泣きそうになります。

その頃から(前から?)彼女の神経はすり減り、
手を何度も何度も洗い、爪の横の皮をむき、
むき過ぎて血が出るところを母親に見つかり、
背中にも血が出るほどの引っ掻き傷を作り、
そうなりながらも家では毎晩、
ストレッチで脚のケアを怠らず、
トウシューズの手入れも怠りません。

翌日の稽古で、演出家は相手役の男性に、
「君はこの娘とヤリたいと思うか?」
男性は笑って「いえ。」
「今日の稽古は終わりだ。帰っていい。」
男性バレリーナーはすんなり察したかのようにナタリーに言います。
「ゆっくりあいつとお楽しみだね。」
演出家の部屋に呼ばれたナタリーに、演出家は強引にキスをします。
「もっと深くだ。舌をからめるんだ。」
ナタリーはたまらなくなって、この絶対権力者である演出家の舌を噛んで逃げ帰ります。

家に帰ると、指先から流れる血はもっと多くなり、
背中も血だらけになっているのが鏡にうつります。
母親の顔、演出家の顔、同僚の女の子達の顔、
中でもスペイン系の演出家お気に入りの娘のあざわらう顔、、、、
それらは全て幻想で、、、
やがて幻想と現実の狭間で、
かわいそうに、彼女は壊れて行くのです。

あ〜、怖い怖い。
この映画が言いたい事は、彼女の精神崩壊ですが、
映画の中の演出家が彼女に求めたもの、
それは「官能」です。
白鳥だけ踊れたのでは「白鳥の湖」は出来上がらないのです。
クラシックな演出では黒鳥をもっとシンプルに白鳥と比べて「悪」「嫉妬」「陰謀」の象徴として捉える事もできるかもしれませんが、この映画では黒鳥をもっと「官能的」な存在として描きます。
確かに、スペイン系の娘の踊る黒鳥の魅惑的な事!
どんな男の子もメロメロにさせる力を持っています。
そしてそれは、稽古だけでは決して身につかないもの。
難しいけれども、芸術表現の頂点で必須なもの。
それが「官能」です。

もし世界が「清潔」で「善良」で「信心深い」ものだけであったなら、それらのものは認識されません。そこに「悪」があり我々が存在はわかっているけれども認めたくないような汚いものがあるからこそ、「清潔」や「善」は認識されます。

人類学者でエリックサテイの音楽で私と接点があった
故、山口昌男のこんな名文を思い出しました。

「マリア様をたたえる祝祭のパレードにまぎれて、
民衆のポケットから金をスリ取り、
収穫した金をたんまり懐に入れて、
おさらばする前に、聖母マリア像の足下に、
チョロっと口づけをする悪党。
彼こそ、私が最も心魅かれる存在なのです。
悪党に神のご加護を!」







INVICTUS

  • author: YOKO
  • 2010.04.08 Thursday

サッカーの映画と思って「インビクタス」という映画を見た。
マッドデイモンが演じる1996年、南アフリカで催されたワールドカップの実話。
そして、サッカーではなくラグビーだった。
でもすごく良かった。
南アフリカ人の友人がいて、彼女とともに3週間滞在した南アフリカ。その時に見た黒人たちの住む電気もないバラックの住居地。そして白人たちの住む豪邸が並ぶ海辺の高台。彼女に連れられて行った、かつて唯一、黒人と白人のアーテイストたちが仲良く暮らしていて、だからこそ潰された「第9(6?)地区」の跡地。「ここにいつか合気道の道場を作りたいの。」と見せてくれた貧しい人達が住む土地。
そんな事が思い出されて、久しぶりに映画館で泣いた。

1996年当時、南アフリカは26年間(?)刑務所に入れられていたネルソン.マンデラが大統領に就任し、大きく国が変わろうとしていた。私がびっくりしたのは、それまで社会を牛耳ってきた白人たちがみな、黒人に復讐されて襲われるのではないか、暴動が起きるのではないかと恐怖におののいていた、という事だ。
それほどに黒人たちと白人たちは別世界を作ってきたのだろう。
そんな戦々恐々の白人たちに、ネルソンマンデラは、
「一緒に新しい南アフリカを作ろう。」と呼びかける。
大統領官邸の中のスタッフ達ですら、大統領身辺警備のセキュリテイーメンバー達ですら、白人と黒人が一緒に仕事をしていく事にぎこちなさが走る。そんな様子を横目に、ネルソンマンデラは、ラグビーチームのキャプテンであるマッドデイモンにワールドカップでの優勝を目指してがんばるように頼むのだ。
大統領の要請でしぶしぶチームがバスで訪れる黒人エリア。
そこで子ども達にラグビー指導するうちに、白人選手たちも黒人の子どもたちもわだかまりが消え、何かを感じ、大切な事を学んでいく。
そしてワールドカップ戦で、見事勝ち抜いていくのだ。

「INVICTUS」とは負けない、というような意味。
ここでは「負けざる魂」と訳して、ラグビーチームとネルソンマンデラの生涯の両方にかけている。
ネルソンマンデラが何度も受ける同じ質問。
「なぜあなたはそれほどの長い間の獄中生活にも精神がめげなかったのですか?」
「なぜあなたは白人を恨まないのですか?」
に彼はこう答える。
「私の運命の支配者は、他の誰でもない私自身なのです。
だれも私の魂を奪うことはできなかった。」

ネルソンマンデラによって大きく前進した南アフリカは、今年、サッカーのワールドカップを迎える。90(?)才になってまだ健在なネルソンマンデラはもう政界からは引退している。国内にはまだまだ問題が山積している。
南アフリカに興味のある人には必見の映画です。

「世界で最も美しい国」といわれる南アフリカの将来が
素晴らしいものになりますように。
私の大切な友人のためにも。

(いろいろな記憶が不正確ですいません。)


My sister's parts.

  • author: YOKO
  • 2010.03.29 Monday

キャメロン.デイアスの最新作をレンタルで家で見た。
邦題は「わたしのなかのあなた」だったかな。
「メリーに首ったけ」でスターに躍り出た彼女も、もう母親役をするようになった。ストーリーはとてもとても重い。

白血病になった姉の完璧なドナーを得るために遺伝子操作で生まれてきた女の子と、そこまでしても娘を救おうとする母親と家族の話。
妹は生まれた時の臍帯から始まって11才になる今までに、もう何度も何度も自分の体のあらゆるものを病気の姉のために提供してきた。小さいから、わけもあまりわからず、でも姉を助けたい気持ち、両親を救いたい気持ちで、痛い処置にも耐え、術後の入院にも耐えてきた。
そんな家族の必死の看病にもかかわらず、奇跡的に生き延びてきた姉も14歳になっていよいよ全身の免疫機能が低下し病状はどんどん悪くなっていく。腎臓の機能も衰え、腎臓移植しないかぎり命も長くないと医師に伝えられる。
そして.... 11才になる妹は1人で著名な弁護士を訪ね、
こう言うのだ。
「700ドルしか払えないけれど、私を助けてほしいの。今まで姉を助けてきたけれど、もういやなの。腎臓を提供しても、気をつければそこそこ普通の生活ができる、とお医者さまは言うけれど、私はそんな人生を送りたくないの。」
それは彼女の大好きな姉が死ぬ、母親を落胆させる、という事を意味しているのは重々承知の上での決心だった。弁護士はその子の今までの姉への治療歴を見て愕然とし、弁護を引き受け、その子は親を訴えて法廷で審判が下る事になる。
「11才の親の保護下にある子どもに
法的決定権があるか。」という事を審議される。

一人の家族の重い病気で、その家族は固く結ばれるように見える。でもそれは同時にその家族が壊される事でもある。夫婦の関係も姉弟、姉妹の関係も親子の関係も壊されて行く。
「どんな事があっても絶対に我が子を救う事をあきらめない。あの子を死なせるものか。」という母親には、他の事が見えなくなっていく。
そしてそれは重い病の本人の気持ちすら見えなくなって行く.......
そして最後には、この病気の子によってまた家族が結ばれて、この映画は終わる。

やろうと思えば何でもできそうな現代の医学の時代に、病気をたたき潰す事、肉体を治す事、病人の精神を救う事、家族の心を傷つけない事、どれが一番優先されるべきなのか。
「死なない」という事が最優先ではない事もある。
家族にはそれは決められない。
本人が決めたなら、尊重されるべきだ。
医学の進歩と共に、これは避けられない問題だ。

とっても重いけれど、この子と病気の姉を演じる2人の子役が素晴らしい。時間があったら見てほしい。


お花見は
まだまだ。






アバター

  • author: YOKO
  • 2010.02.03 Wednesday

話題の映画「アバター」を見て来ました。

いつもは映画を見る前に何らかの筋書きとか俳優とかの情報があって、それで映画館にでかけるのに、今回は何の知識もなく、ただ久しぶりに映画が見たいけれど特に候補がなくて、山ちゃんが言ってたから、「アバター」にした。だから何の期待もなく3時間もある長い映画だからポップコーンの大きいのを抱えて椅子に座った。そのポップコーンは半分も食べない内に完全に忘れ去られたけど。

大まかな筋は、高価な鉱物資源を狙う地球人と、自分たちの星を守ろうとする他の惑星の先住民ナヴィとの闘いを描いたものだ。ナヴィの身体に科学の力で乗り移って偵察する地球人の海軍兵が傷痍軍人で今は車いすの体。この任務で功績をあげたら足を直す手術が受けられると言われて、困難な任務に赴く。
そんなストーリーをコンピューターグラフィックを駆使して、3Dで見せ、上映数週間で「タイタニック」を越える観客動員数記録を塗り替えた話題作だ。

環境問題、宗教、戦争問題などが盛り込まれ米軍からは抗議の声も上がっているという。3Dで3時間は疲れそうなので普通ので見た。近未来物だけれど、森とか木の精霊とか動物たちや鳥たちが出てくるので「マトリックス」なんかよりずっと良かった。そして主人公が人間とナヴィの間を行ったり来たりを繰り返すのに、どんどん引き込まれた。こんな説明では、きっと全然わからないですね。(笑)

とにかく、地球人としていろいろ未来を憂う人には、おすすめ。もっとも私は人類がこんな風には、良くも悪くも進化してはいかないと思うけど。

今日のCHINESE PROVERBSは、「アバター」にぴったり。
私も最近、夢の中で忙しくて、どちらが現実かわからなくなってきました。はあ。

「One night I was a butterfly, fluttering happily around.
 Then I awoke, and found that I was a man.
 But what am I in truth ?

A man who dreams he is a butterfly, 
or a butterfly who dreams he is a man ? 」


写真は2日夜と3日朝の雪です。
きれいでしたね〜。
雪を見たのは4年ぶり?
マルタの友人たちに送らなきゃ。
沖縄はもう桜が咲いたそうです。
雪が降ったら、もうすぐ春。







「アンダンテ〜稲の旋律〜」

  • author: YOKO
  • 2010.01.29 Friday

友人に誘われて映画の試写会に行って来ました。

「アンダンテ〜稲の旋律〜」という日本映画です。
主人公のチカは母親の強い希望で幼い頃からピアノの道を歩むが、音楽社会の競争は激しく次第に自信を失い、登校拒否となり、大学中退を余儀なくされる。中退後、アルバイト生活に入るが職場での人間関係にもつまずき、仕事を転々としながら、とうとう一日中自分の部屋に閉じこもるようになり両親ともうまくいかないままに10年がたってしまう。そんな自分を思い詰めたチカがひょんな事で千葉の田舎の農業を営む男性と文通っを始め、千葉の水田に通うようになり、そこの暖かい人々との交流がチカのひきこもり生活を徐々に変えていく、、、という話。
ひきこもりだけでなく、親子の問題や農業問題などが千葉の横芝光町の田園風景での撮影とともに描かれていきます。
アンダンテは音楽用語で「ゆっくりと、歩く速度で」という意味。
映画の中では、
「曲がって植えようが転んで植えようが、稲はまっすぐ上を向いて伸びるんだよ。」とか、
「大丈夫、ころんだっていいんだよ、やりなおせば。」とか、
「お母さん、自分の人生を生きて!」とか、
わかりやすいメッセージが散りばめられています。
それぞれの生き方の中で、転機に立つ現代人の葛藤と再生、とチラシに書かれています。

とっても良かった!
ぜひ一人でも多くの方に見ていただきたい映画です。特に若い人たち、そして母親をしてる女性たちに。

3月13日(土)18:45からダイエー4階のWAVE101で上映されます。
一般前売り¥1200、当日¥1500です。
前売り券はイングリッシュ、インマルタ事務局のほうにメールをいただければ、ご用意できます。

立ち止まったり、後退したりしながら、ゆっくりゆっくり歩く、そんな事が許されないような今の時代に感動的な良質の映画が出来上がりました。

日本映画ばんざい!
横芝光町って、どこじゃ???





映画、および本、「黒帯」

  • author: YOKO
  • 2010.01.26 Tuesday

ブログ右端の、RECOMMENDにある「黒帯」の写真を何だろう、と思って見た方もいるかと思います。

これは空手の書き下ろし本を映画化したもので、2007年10月に銀座の小さな映画館で上映されました。映画館は小さく、上映期間も短かったのですが、私たちが行った時には、空手関係者の熱気がむんむんしていました。
脚本は飯田譲治、監督は長崎俊一。
監督はこの映画を作るかどうか、さんざん迷ったそうです。その時にある中国人にこう言われました。
「中国人は、カンフーや少林寺、太極拳などの映画をたくさん作ってきたのに、なんで日本人は柔道や空手の映画を作らない。私たちは、そういう映画を待ち続けているのに。」
その言葉で作る決心はついたものの、役者に空手の特訓をして撮影するか、空手家に役者の特訓をして撮影するか、でまた悩んだそうです。そして、やはり空手の道を極めてきた人たちを使って、この映画を作ろうと決心したのです。ですから実際、主要な2人を演じているのは、日本空手協会の中達也氏と、国際明武館剛柔流空手連盟の八木明人氏です。
本はこのように始まります。
「俺の中には闘いの黒い種が埋まっている。
相手を打ち負かして、おのれの強さをたしかめ、優越を覚えようとする本能の種子が。
それはいつの間にか、いや、生まれながらにして俺の体に埋まっていたのだ。
取り除くことはできない。
ただ、じっとある。他の臓腑と同じように。
いつも体の奥から静かに俺を見つめているのだ。
ときに、何かがそいつに熱を与える時、鈍い痛みとともに、しかしはっきりと俺は感じる。
黒い弾丸のような種子を抱えていることの心地よさを。

そのままでいてくれ。
どうかそのままで。
たとえ激しい目覚めの嵐がおまえを揺さぶっても。

俺は、黒い魔の花を、一生咲かせないことを望んでいるのだから。」

こう書くとまるで劇画のようですが、まさにこの映画の主旨はそこにあるのです。厳しい修業を通して技を獲得した2人の1人は勝負して勝ちたい、自分の強さを確かめたい、と闘争心に燃えます。もう1人は師の言う通りに禁止されている組み手はせず、
「強さとはなんだ?勝つ事か?相手を負かす事か?勝ちは慢心を呼び、技の成長を止める。」
とひたすら師の教えを全うしようとします。
師は徹底して型を練り、受けを磨けと教えます。
そして「空手に先手なし」という言葉が出てきます。
それはつまり、決して自分から闘いを挑んではいけない。空手は負けないための武術であり、勝つためのものではない。そもそも避けられない闘いに対処するためにつくられた術である空手は、一撃必殺の技を身につけながらも、一生使わずにすむのが理想なのだ、と。
そしてこの2人の高弟のどちらが師の黒帯を継ぐか、とストーリーが進んで行きます。

レンタルされているかわかりませんが、興味のある人はぜひ映画か本を見てみて下さい。
本の作者は後書きにこう書いています。
「ぼくが武道の世界を描くことになったきっかけ、それは、武術家にして映画企画者である西冬彦氏との出会いでした。
昔から武道の世界には強い憧れがあったぼくでしたが、にもかかわらず、その世界と一定の距離を保ち続けていたのは物語の世界で作り上げられた達人たちの伝説と現実との境界線をあやふやにして楽しんでいたかったからなのかもしれません。
しかし、西氏が入り口となって、ぼくはリアルな武道、空手の世界へと誘われました。現実への扉が開かれ、実在する空手の達人の方々と直に触れ合う機会が訪れたわけです。
すると、現実世界の達人の方々は、空想の中の伝説を育んできたぼくを幻滅させることなど少しもありませんでした。今、この世界に存在する空手道の奥深さや、精神世界にも通じる人間の道に対する考え方を提示してくれたのです。
それはぼくにとって幸運の極みのような出来事でした。」

本「黒帯」は、講談社から出ています。


チャップリンの「独裁者」

  • author: YOKO
  • 2010.01.06 Wednesday

休み中に、チャップリンの「独裁者」を観た。

チャップリンの無声映画はあまりに有名すぎて観なくても観たような気になっていて実はあまりしっかりとは観た記憶がなく、「独裁者」は唯一の「有声」映画だということなので、クリスマスの日に観た。そして、感動した。

観た方もたくさんおられるでしょうが、ざっと筋を紹介すると、内容は全くのヒトラー批判なのだけれど、微妙にドイツの名もヒトラーの名もナチスのマークもオーストリアの名も変えてあり、ある善良なユダヤ人の床屋の男が運命のいたずらで最後にヒトラーと思い違いされて、民衆の前で何と、「戦争反対」の大演説をして、この勇気ある映画は終わる。

初めて聴くチャプリンの声は、とてもいい声で、チャプリンの英語は美しく、そしてその最後の大演説は本当に素晴らしいものだ。言い足りないものはなにもなく、これ以上言わなければならないものもなにもない。
ここに書いてしまいたいけれど、ぐっとがまん。
ぜひまだ観ていない人は観てほしい。
偉大なり、チャプリン。
そして、今聴いても、この演説は現代にそのまま通用するのだから、人間は戦後何十年たってもちっとも成長していないということだ。

人間が一番、弱いもの、それは「欲(Greed)」だろう。
食欲、性欲から始まって金銭欲、名誉欲、独占欲、そして権力欲ときりがないったらない。どうしてそんなに欲しいか、そこまで限りなく欲しがるか、と思うが、「欲望」とはきりがないものらしい。
唯一、それに対抗できるものは「愛」だと思うけど......。

映画の中でヒットラーが地球儀を風船のように打ち上げて遊ぶシーンはなぜかとても長い。うっとりと地球儀と戯れて「世界制覇」を夢見る独裁者。長いシーンの最後にその地球儀はバン!と割れて破けてしまうのだけれど....。
こういう恍惚感は女にはない。
つまり女には必要が、ない。

中国のことわざの英語訳本がうちにある。
その中にこんなことわざがある。
「Do not worry if others do not understand you.Worry if you do not understand them.」

英語でこう書かれるととても理解しやすい。
権力者に当てはめて言うなら、
「民衆があなたを理解しないと思い煩うな、思い煩うべきはあなたが民衆を理解していない事だ。」
とでも言う事だろうか。

自分を中心に考えて「欲」に突き進む人間は得てして「第三の目」を忘れて身を滅ぼすよ、と言う忠告だろう。

何千年の昔にこんなに素晴らしい事を言った人間も、いた事はいたんだ。



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