Yet Another JUGEM.
LONDONー最後の日

最後の朝はマイクが「イングリッシュブレックファースト」をとりました。

カリカリのベーコンとソーセージに豆、焼いたトマト、大きなマッシュルーム、ポテト、ブラックプデイング、それに目玉焼きかスクランブルエッグが定番です。

昔は「これさえ朝ホテルでガッチリ食べておけば一日もつ!」と喜んで食べてたのですが、さすがにこの年になるといくら朝食とはいえ、重い。滞在中、1回食べました。

昨日、毎朝食べてるホテルのレストランの女の子が「What is your plan for today?」と私たちに聞いた時のこと。私は聞き取れましたが、なんとマイクは3回聞き直したのです!

チューブ(地下鉄)のオイスターカードのチャージをした時もタッチが弱くてチャージが終了せず、後ろの人に助けてもらいました。

空港でチェックインした時もスキャンの機械が扱えず助けてもらいました。

、、、つまり、マイクは完全に今回「外国人」状態だったというわけです。ああ、おかしい。

チェックアウトした後に、娘のMが来てくれてお茶をして地下鉄の駅のプラットホームまで見送ってくれました。

これで、またなかなか連絡のつかない人になるけれど、、、

「私もあと2〜3年で誰かと家族を作るから。」

(何回、それを聞いたことやら)

「50年一緒に生きていきたい人を見つけたいね。」

(Mと50年暮らせる人はすごいと思う)

(たくさん見かけた共有レンタル自転車)

(車は規制されているので少なかった)

6日間の滞在の間、観光地に行かなかったのでレコード以外のお土産は空港で、と考えていたのにヒースローはやたら「無人化」していて、その結果私たちのように分からない人たちが見つけたい生身の人間(空港スタッフ)が少なく、少ないゆえにどの人間も手いっぱいでやたら時間がかかり、「ゲートからバスで飛行機まで行くので早めに乗って」と言われて乗ったバスは地下鉄2駅くらいの距離を走り、私たちは難民になったような気分で飛行機に押し込まれたのでした。

つまり、お土産を買う暇もなく。

あ、象だけは奇跡的に買った。

皆さんにオススメ。

ロンドンに行くならキングスクロス駅周辺のホテルに泊まるべし。ほとんど何処へでも歩いて行けますし、わりと落ち着いています。電車利用も便利です。

次回は最後に「イギリス料理はまずくない」について。

| YOKO | 旅すること | 16:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
スペインの女の子CoCoに会う。

確か5年前のこと。フェイスブックでつながっていたスペイン人でロンドンにいる美術学生のココという女の子からメールをもらった。

「念願だった日本に行くのでぜひ会いたいです。合気道に興味があります。」

これだけのメールでまさか、わざわざ舞浜まで来ないだろうと思っていたら、ココはやって来て、たまたまその日に稽古をしていたセサルのクラス(今はやっていません)で私の道着で「合気道体験」をした。

その後、ココは四国の直島に行ったり長野に行ったり一人でなかなか渋い旅をして帰っていった。

それからは時々、フェイスブックで写真を見るだけ。

その後、ベルリンに住んで、時々実家のあるバルセロナに帰って、アートの仕事をしてるらしい。

そのココからメールが来た。

「私、今ロンドンに住んでるの!ホテルまで行くからお茶でも。」

実は今、ロンドンでシェフをしている娘のMももともとは美術志望だったので、ロンドン最後のフリーな一日をココとMと4人で過ごすことに決めた。なんとなく私は二人を会わせたかったのもあって。

朝、10時にホテルの約束。

ココは「道が混んでてバスが少し遅れそう」と連絡をくれて5分過ぎに到着。

Mは(すごくハラハラした)連絡なし、、、、

ため息が出そうになった時に15分すぎで現れた。

「どこへ行く?」

「この道をまっすぐ行くとセントマーチン(美術学校)があってその横にカナル(運河)が見えるカフェがある。」

というのでそこでお茶をすることに。

「で、ココはアーテイストになったわけ?」と聞くと、

私の手の上に自分の手を重ねて「ノー、まだなの。」

なかなか可愛い。

「やめてたタバコをまた吸い始めたの。」

「信じられない!やめなさい。」と私。

タバコの箱はこんなに恐ろしく、¥1200もするのに。

しばし話してお店を出る時にココが4人のお茶代を払ってしまったので、

「そんなことしなくていいのに。」と言うと、

「、、、しなくていいけど(I don't need to do)したかったの(I want to do)。なぜなら日本でとっても親切にしていただいたから。」とココ。

私はこういう「恩を決して忘れない若い人」にものすごく感動する。

「みんなでカナルをずっと歩いてハックニーの方まで行こうか。」

「私の住んでるところに近いからうれしい。」

と話がまとまって停泊している船を見ながらカナル沿いを歩いた。

お店をしている船、住んでる船、売りに出ている船。船さえあればイギリスはどこにでも行けてしまう、と言う不思議な都市に流れる運河。

だいぶ歩いてココが「小さな日本食レストランを知ってるけど、わざわざロンドンで日本食はノーかな?」と言うので「喜んで」そこでランチをすることにする。偶然なことにそのレストランをやっているのがMの古いお友達で、そのお友達にもM は久しぶりに会えて、なんだかとても楽しい時間が流れた。

食べ終わるとココが気を利かせて「では、私はここで失礼するわ。会えてよかった!」とMと連絡先を交換して帰って行った。

その日もそのあと10キロ以上歩いて公園で休んで、

Mが携帯で簡単に呼べるタクシーを呼んでくれて、ホテルまで戻り、初日に行ってサラダに感激した「LEON」に行って食べてから部屋でゆっくりおしゃべりした。

明日は帰る日.....。

「朝、ホテルまで来るから」とM。

「いいって、もう帰るだけだから自分の事に使って」

「だってそのために休暇取ったんだから来る」

.......ちょっぴりジ〜ン。

いかん、いかん。

アリガトね。

| YOKO | 旅すること | 19:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
結婚50周年

転倒の後、なんとか顔が腫れ上がることもなく、唇の上はちょっとファンデーションで隠してパーテイー会場に夕方向かいました。裾の長いワンピースを持って来てよかった〜

パーテイーは6時半から。64名の人たちが招かれて集まりました。ほとんどの人が「ほとんどの人と初めて会った。」というようにデニスは例えば母親のいとこ、とか遠い遠い親戚とか、マイクも知らない人ばかりで、とにかくイギリス人も家族はなかなか色々入り乱れていて複雑なのに、よくもこれだけ調べ上げて連絡をつけたもんだと感心します。

大きな丸いテーブルが6個。

デニスの娘、息子とその子供達。

デニスの兄弟(つまり私たち)

近所のお友達。職場のお友達。

ベルギー時代のNATOのお友達がノルウエー、デンマークから。

遠い遠い親戚の人たち。みんな目を白黒。

サイモンという人が家系図なるものを製作中で、昔々の1組の夫婦から始められているその家系図は何世代かの後に数百人の名前が並んでいる、という立派なもの。その家系図にマイクの妻として私の名前、私の子供としてYとMの名前も書き加えられることに。光栄なこと!

パーテイーでは息子のポールが家族の歴史をスピーチ。

「あの時は家は大きかったけれど、貧しかった。」とか

「ベルギーは16歳からお酒が飲めるので、とってもよかった。」とか。

(テーブルにいるのがトーマス)

NATOのお友達(つまり部下)のスピーチは、

「いかに厳しく素晴らしい上司だったか。」

次にデニスのスピーチ。

「金婚式を迎えられるご夫婦はそれほど多くはないそうです。」

確かに、本当におめでたいこと。

そのスピーチを嬉しそうに聞いてるパット。

50年も一緒にいると夫婦はこんなにも見事なユニットになるのかと思う。

お互いの良いところも悪いところも全て受け入れ済み。

食事も終わり、外に出ると庭先にはカナル(運河)があり船も停泊している。ポールの7歳になる息子のトーマスが走り回ってる、と思ったら携帯で自分の顔を撮りながら走り続け、「やばい」とか「大変だ」とか呟きながらハーハー、暗闇の中をひたすら走り回る。パパの携帯を壊したか?

見せてもらうとすごく怖いホラー映画のようだ。しかも時々スローモーションも入り、さらに怖さは増長する。

これは才能か?ただの遊びか?

翌朝、泊まったゲストたちはレストランで朝食をとってから、みんなそれぞれの帰路につき、私たちも夕方、ロンドンに帰った。

 ふと思ったのだけれど、お葬式にみんなが集まって思い出話などをしてくれるよりも、こうして、できれば二人が元気なうちに、50周年とか45周年とかの名目で親しい人たちに集まってもらうのはとってもいい。

何か「自分の人生の人間関係の一区切り」がきちんとした形で楽しくつけられる。

伝えたい人たちに「ありがとう」が伝えられる。

私たちも日本からやって来て本当によかったと思った。

お二人とも、いつまでもお元気で!

 

 

| YOKO | 旅すること | 10:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ケンブリッジへ、金婚式に出席。

 

3日目は電車でケンブリッジまで。

電車の旅は快適。

これからはゼッタイに電車の旅がいい。

ケンブリッジまで1時間、1人往復5000円ほど、空いてるし、清潔だし、めちゃくちゃ速い。

キングスクロスにはケンブリッジやスコットランドなど北方面へ行く電車と、フランスやベルギーなどヨーロッパにトンネルを抜けて行くユーロスターと発着しているので結構な人がいるけれども構内は(イギリスなので)静か。自転車を持って乗る人もかなりいる。ヨーロッパまでは飛行機よりもずっといい、とみんなが言う。

 

ケンブリッジの駅まで迎えに来てくれたデニスとパットに1年ぶりに再会。

世界中のゴルフボールのコレクションと、

町の「ガーデン祭り」が終わったばかりの綺麗なガーデンを、

(ころぶ前)

ため息をつきながら見て、軽いランチを食べて、

お皿をキッチンに運ぼうとして、

つまずいて思い切り転んだ!

お皿を守ろうとして受け身も取れず、膝と唇の上と手首とお尻が痛くてしばらく起きることさえできず、唇からは血が出たかと思ったけど大丈夫だった。

心配そうに顔を覗き込むデニスが「わあ、腫れてる、膨らんで来た!」と言うから「うそ!」と叫んだら、うそだった。

割れたお皿の裏を見たら.....ロイヤルコペンハーゲン!

「Oh, I'm sorry !!!」

老人はつまずきやすくなると言うけど、ホントにショック。

すねには切り傷、上唇の上はまだ青くアザができてる。

アザ、消えるかな。

 

| YOKO | 旅すること | 11:41 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
LONDONーその1

7月6日から11日までイギリスに行ってきました。

他の場所の旅と違いイギリスへの旅はこれまではマイクの親戚、兄弟を訪ねる旅でした。ヒースロー空港からレンタカーを借りて、毎日いろんな家族を訪ねて終わり。

そうやって毎年訪ねていたおじさんやおばさんが皆、亡くなり、「これからはお金と時間を他のところに行くことに使おう。」とマイクが言ったのが10年前。

なので昨年イギリスに行ったのは本当に久しぶりでした。

昨年ももちろんレンタカーで北に4時間、南に4時間、空港へ3時間。快適なはずのランドアバウトはどこも手前から渋滞。

それで今回は私の強い希望でロンドンに滞在し電車で移動する事にしたのですが、、、多分それが原因で出発前のマイクの暗いことったら。まずロンドン市内に泊まることが嫌だったようで、、それとヒースロー空港から市内までの地下鉄、ホテルからケンブリッジまでの電車がちゃんといけるか「不安」だったようで、、、。

初日から「これがイギリス」と痛感することばかりでした。

まず、入国審査。

今までは意地悪なマイクは「君はあっち、僕はこっち」と自分だけ「英国パスポート所持者」の列に、私は「その他」の列に。(なんという人間性)

今回「その他」の列があまりにすごかったので初めてマイクと共に「英国パスポート所持者」の「家族」として並びました。しかしです、そこに並んでいたイギリス人らしき人はマイクだけ。あとはイスラムの顔を隠した黒い長い衣服の女性たちと、その子供達の大グループ、インド人の家族、マレーシア人の家族、アフリカンの男性、などなど。そして入国審査官も、もちろんイギリス籍でしょうが、つまり、イギリス人ではない人でした。

チューブ(地下鉄)で60分、直通で着いたホテルでのチェックイン。

そこにいたスタッフの女性のしゃべる英語が全く聞き取れない。たぶんロシア人だと思うのですが、マイクも「全然わからない」そんな英語でも仕事につけるんだ。

散歩で行った「大英図書館」

小学校の先生が子供たちを10人くらい連れて社会見学に来ていました。そのグループが二つ。どちらの子供たちもいわゆる「ホワイト」の子供はゼロです。10人のうち1人か2人、というならまだしもゼロです。

これがイギリス、というかまさにロンドンなのだと思いました。

テロで最高レベルの警戒下にあるロンドンに行くことをたくさんの友人が心配してくれましたが、来てみると、いたって静か、あらゆる国籍の人たちが当然のこととして「ここが自分の国」という顔で堂々と、のんびりと、夕方早くからみんなお茶を飲んだり、ビールを飲んだり、芝生に寝転んだりして夏の長い宵を楽しんでいました。

色々あるとは言え、、、これが英国の懐の深さであり誇りなのでしょう。

一番この現状にブツブツ言っていたのはもちろんマイク。

ホテルの部屋の窓からはキングスクロス駅とセントバンクラス駅が見えて、

それだけで私は「ロンドンに来たぞ」と大満足でした。

駅はいつ見てもロマンチック。

本日の教訓、

「英語は万国共通言語としてあらゆる訛りの英語も理解できるように勉強するべきで、綺麗なクイーンズイングリッシュなんて誰も喋っていないのだ。だから綺麗な英語を喋らなきゃ、なんて思う必要はないのだ。」

| YOKO | 旅すること | 11:17 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
LONDONへ

たったの5泊ですが、明日からロンドンに行ってきます。

今回は、ケンブリッジに住むマイクのお兄さんの金婚式のお祝いに呼ばれて行ってきます。

50年の結婚生活、私には想像もできませんが、その日を仲良く健康に迎えられるご夫婦というのは、本当にどんなに仕事やお金儲けに成功した人々よりも人生の大成功者でしょう。

ある人が「友人の関係を築かなければ友人でもなんでもない。

恋人の関係を築かなければ恋人でもなんでもない。

親子の関係を築かなければ親子でもなんでもない。」

と述べていて、痛く共感しましたが、それらのどの関係も誠に難しいものですが、夫婦の関係ほど難しいものもないと私は思うけれど、、、。

自分のシャワーの後に妻が入るのに温度を下げる夫、朝食のテーブルで私の手が届かない自分の周りにドレッシングもピーナツバターもジャムも置いて食べてる夫を見ていると、妻は常に夫のことを(第一優先に)考えているのに、夫の中に私は存在しないのか、と思うのは度々。

(控えめに)夫の小さな日常生活のミステイクを指摘しようものなら100倍になって返ってくる。

「妻が静かになったら」、、、

それは「夫に失望しきった絶望感」と思うべし。

最悪は「この世で最高の女性を失う時」と思うべし。

なので、50年間も夫婦の関係を継続できた、というのは本当におめでたいこと。どれほどの両者の努力やアキラメや思い直しや犠牲があった事か。

そうでないご夫婦もあるのでしょうか?

今回、初めてレンタカーをしないで、ヒースローから地下鉄でキングスクロス駅まで行き、駅の近くのホテルに泊まります。

土曜日にそこからケンブリッジまで電車で1時間。土曜日はケンブリッジで泊まります。

あとはロンドンの街を(テロに気をつけながら)ぶらぶら歩く、という私の夢がやっと叶いそう。

ところがマイクが地下鉄や電車やロンドン市街の事を「分かるかどうか不安」と呟いた。

「ハア〜〜?」と言葉もない私。

少なくともアンタの国でアンタの言語だろう!

ロンドンにいる「台風娘」には会えるかな、とか期待しないスタンスで、、、それでも「ひょっとして空港で迎えてくれるかも、、」と1%くらいの期待をしているのはバカですねえ。こう考えてみると私ってかなり可哀想。

写真は今回はスーツケースとおさらばの旅に。

もちろん荷造りは全部私。

色々不安ですが、行ってきます。

一週間、合気道ともお別れです。

| YOKO | 旅すること | 10:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
旅を終えて。

初めてのオーストラリアは広くておおらかでのんびりしてました。

大きな国ですから滞在していたケアンズは地図で見ると大陸の東側の北の一番上。他の地域のオーストラリアは全く知りませんが、合気道仲間は何人かこの国に住んでいます。一緒にAACで稽古したバートは「実家が東京都と同じくらいの広さ」と言ってましたが、まんざら嘘ではないでしょう。

マイクが一番ハッピーだったことは、毎朝5時半頃に下に降りてプールの横の柵を開けて海岸に降りると、そこに病気か事故で亡くなったらしい16歳くらいのスポーツ好きな女の子の親が記念に作って地域に寄贈した小さなトレーニング用具がいくつかある所でトレーニングしてその後走る事でした。そこで毎朝いろんな人が声をかけてくれておしゃべりするのが嬉しかったようです。

運転の好きな娘のハッピーだったことは、日頃の激務を忘れて景観の豊かな道をどこまでも快適に運転した事。

そして私の一番ハッピーだったことは、毎朝目が覚めると360度のような海に朝日が上がるのをベッドから眺める事でした。

自分は天国にいるの?.....と思うほどでした。

その時、いつも考えたのは、もしこれが「最後の旅」だったら.....どんなに美しくても、ちっとも嬉しくないかもしれない、という事でした。どんなご馳走を食べても味なんかしないだろうと思いました。

まだ続いていく命というものがあるからこそ、

海も空も山も太陽も、こんなに美しい!

そしてその美しい世界の中にいる自分も、

「祝福」されて輝いていると感じました。

自分の人生を振り返って見ると、子供を育てながら仕事もし、父親と母親の両方をする毎日は、まさに右手に洗濯物を持って、左手に食器を持って、耳に電話を挟んで、その状態で足で窓を開けようとしているようなもんでした。一つの事しかできるわけないのに、いつも5個も6個も同時にこなさなければならなかった。そうでなければ回っていかない日常がありました。

考えてみれば、子供達を十分に愛してあげられたのか、仕事を存分にやり遂げたのか、我が家を完璧に作り上げたのか、人間関係を丁寧に築き上げたのか、自分が誇れる足跡を残したのか、どれもはなはだ自信がありません。

病気を得て、初めて立ち止まり、ゆっくり自分の生き方を検証する時間を持ちました。

何に価値を置くのかとか....

本当は右手も左手もふさがっていたら何もできないのです。両手に抱えたものをいったん下に置き、走っていたなら一度立ち止まり、いつまでも続くわけではない自分の人生をどう作るのか考える必要があるのに、競走馬のように駆け抜けて、あっという間に、ここまで来ちゃいました。

手術台に乗る前に、

病院のベッドの上ではなく、

まだ元気な時に,

考えて実行しないと。

写真は空港の最後のお店で見つけたモフモフのコアラちゃん。うちの象たちの3日間に及ぶ厳しい面接に耐え、無事に仲間入りしました。ま、色も同じだし。

(あ、これは私のタワゴト、妄想、許して)

| YOKO | 旅すること | 18:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ケアンズの旅−7、空からのグレートバリアリーフ。

とうとうケアンズ最後の1日、小さなセスナ機で空からグレートバリアリーフを見る事になりました。

「空から見たらいいだろうね!」とは思っていたものの45分間の飛行で一人$200の金額にためらっていた所、「いつもお世話になってるし、手術もしたのにこうして来られたんだから、ボーナスも出たし。」と思いもかけない娘からのプレゼント!

さっそく「Sea Eagle Adventures」という会社に申し込みをしてくれました。

心配だったお天気も晴天。ケアンズ空港の中の会社に行って見ると、言われた通り「小屋」のような建物におじさんが一人。このおじさんがオーナーでセスナ機を2機所有していて、結構忙しくツアーのお客さんが来ていました。30分と45分の飛行時間のコースがあり、45分にしたおかげで私たち3人だけの「貸切りフライト」

若い女性のカッコいいパイロットと共に空へ飛び立ちました。

離陸直前に風向きが北に変わったので旋回コースを右回りから左回りに変更。グリーン島を最後に見るコースになりました。

きれいでした〜。

地球は美しい! 

 

車の運転の好きな娘が「パイロットになりたい〜」と感激。オーナーのおじさんに伝えると半ば本気で、「ちゃんと学校出て資格取って来たらいつでも雇うよ!」と言ってくれました。

この気楽さ、いいなあ。

夢のようなフライトの後は、

行っていなかったKurandaへ。

ここは早朝、空港に着いた観光客がその足で行く観光地で、山の中を走る電車、空からのゴンドラがアクセスしているビレッジでコアラ園のようなものが売りです。私たちは車で行きました。いるいる、たくさんの人!

入場料$18を払って入ったのですが、この数日、急に暑くなったからか動物たちはみんなお休みモード。それでも木の上で眠ってるコアラちゃんの可愛いこと!

どこかでコアラと触れ合えて抱っこできるのかと思ったら、別料金$20でコアラを抱いての写真撮影ができるとの事。まあ、随分と観光地商売じゃありませんか。

それはパスして、せめてコアラのぬいぐるみだけでも、と探しましたが気にいるコアラちゃんは見つけられませんでした。グスン。

| YOKO | 旅すること | 15:13 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ケアンズの旅−6、グリーン島。

ケアンズ最大の観光スポットは「グリーン島」です。

よく聞く「グレートバリアリーフ」はオーストラリア大陸の北東部に前兆2300kmに及ぶサンゴ礁が連なった海中生物の集合体です。その島々の中で唯一、サンゴが積もってできた島の上に熱帯雨林の植物が生い茂るのが「グリーン島」です。

ケアンズからフェリーで45分、さすがに舟乗り場はたくさんの観光客が並んでいました。

色々なオプションが組まれていますがフェリー料金に含まれるのは「スノーケリング」か「グラスボート」

沖縄でダイビングにも果敢に挑んだ私としては

「そりゃ、スノーケリングでしょう。」

「グラスボート」は昔、沖縄で乗って下ばかり見ていて酔った記憶もあるので。

しかしフェリーの中でパンフレットを読んでみると、

「スノーケリングは年齢を重ねるにつれ(私の事?)体にかかる負担が増え、体に異常を起こす可能性が高くなります。ご自身の体力的、健康的限界をよく理解した上で行って下さい。」

ここまで読んでちょっと一抹の不安が。

しかし決定打になったのは次。

「スノーケリング水域は足が届かない水域です。足のつく深さにあるサンゴには絶対に立ってはいけません。足をつかず休めずに泳げる体力が必要です。」

ここまで読んで恐る恐るマイクと娘に言いました。

「スノーケリングやめてグラスボートにする。二人はスノーケリングやって、見てるから。」

そしたら意外なことに二人から意外な即答が返ってきました。

「いいよ、グラスボートにする。」

な〜んだ二人もちょっと不安だった?

おまけは「毒のクラゲが発生しているので、クラゲ刺され防止スーツの着用を強くお薦めします。」

それでグラスボートにしてもらい、

それが大正解でした。

小さい魚の群れ、大きな魚、そしてタートルまで、魚の楽園を見ることができました。

しかも船酔いしなかった。

| YOKO | 旅すること | 18:54 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ケアンズの旅−5、合気道道場見つけた!続き。

ゴルフ場の隣に見つけた合気道道場は、

「Ki Aikido」でした。

藤平光一先生の「氣の研究会」の合気道道場のようです。植芝開祖の高弟であられた藤平先生は海外で合気道を広められ、ハワイでは「Ki 氣」という言葉が一般の人にまで普及したと聞いています。「道場の入り口で靴をそろえる」とか「背中を伸ばして正座をする」という合気道の習慣を海外の子供達にまで徹底して浸透させた先生です。

「Aikido Cairns」のH.Pを見てみるととても充実したものでした。こんな所にまで合気道が普及しているなんて、嬉しくなります。もう一度、ここを訪れることがあれば、次回は必ず道着持参で稽古に参加させていただきたいものです。

海外で個人的に稽古に参加したのはニュージーランドの首都オークランドでデビッド・リンチ先生が興された「光心会道場」でした。

 リンチ先生は自然の中に夢のような「光流道場」を建てられて、そこにお住まいですので、「光心会道場」はリンチ先生が育てられた指導者が教えていました。

その稽古に参加させていただいた時の事は今でもはっきりと覚えています。

印象として気合が入ったビリビリとした緊張感とは対極の静かで穏やかな稽古でした。リンチ先生の合気道は私がやってきた合気道とはかなり異なるもので、それを吸収してアジャストするのに四苦八苦しました。

稽古に参加していた白帯の親子がいました。そのお父さんが稽古の後で言った言葉が忘れられません。

「私はまだ始めたばかりで合気道の事は何にもわからないのですが、毎回稽古をした後で何とも言えない good feeling になるのです。それが素晴らしくて稽古に来るのが楽しみなんです。」

この「good feeling」は、ただ「いい気持ち」とか「スカっとする」と言うニュアンスではなくて「心身共に氣の繋がりの中の時間を過ごす事によって得られる特別な感覚」とでも言えばいいのではないでしょうか。

お父さんが言うことがよくわかるクラスでした。

 

(写真は光流道場とリンチ先生)

 

 

| YOKO | 旅すること | 20:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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