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荒天の武学−その3
内田 「合気道では後ろ両手取りというのがあります。相手が後ろに回り込んで両手を取る、という動作ですが、武道の本来からすれば後ろを取られるということは、もう斬られているということですから、初期条件としてこれを設定することはありえない。
でも、これは非常にいい稽古なんです。
(中略)相手が後ろから両手を取りに来る。視覚情報がほとんどない。接点における触覚情報を頼りにするしかない。(後略)」

 光岡 「稽古と実戦を、想定と現実をよく分けておく必要があるでしょう。そこを取り違えてしまうと、稽古でやっている事が、実戦で適用すると言う考えになってしまう。
稽古は稽古としてあって、その時に(実戦で)本当にできるかどうかを決めるのは、やはり稽古で養った自分でしかない。
だから時々「投げてもらってもいいですか」といったふうにお願いされることがありますが、意挙(注:中国武術)においては稽古としてはありえないことです。
意挙が相手を投げないのは時間の無駄だからです。一瞬の位を取るかどうかが問題な時に投げる事に意味はありません。
少なくとも武道として本質に迫るなら、せめて一瞬で崩し、潰すように投げたい。基本的に受け身を取れるのは、受け身を取れるように投げているからですよね。(後略)」

(荒天の武学ー内田 樹、光岡英稔、集英社新書)

こういう物を読んで唸っている自分は、
やはり「武道おたく」だろうか?

「せめて、一瞬で崩し、潰すように投げたい。」

なんという美しさ。








| 読書すること | 18:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |









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