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English in マルタブログ!

Yet Another JUGEM.
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音楽と合気道
いままで結構な数の人たちから、
「ピアノと合気道?何か結びつかないな。」
と言われてきました。
「それが、つながってるんです!」
と答えるものの上手く説明できないもどかしさがあったのですが、先日の藤平信一先生のお便りで「音楽と氣」の事を、先生はこんな風に書かれていました。

「ピアニストの方にはリラックスを体得していただく事によって、ピアノの音そのものが変化して、とても澄んだ音になります。
ピアノは一つ一つの音の集まりによって、
音楽となります。
そのため、音と音の間で、
「氣が切れない」事はとても重要です。
一つの音の終わりは次の音の始まりであり、
音のない間も音楽です。
ピアニストには「氣を切らない」事が役に立ちます。
そして演奏する前に心を静める事が大事です。」
  (「音楽に氣を活かす」
     ー藤平信一先生メールマガジン10月号)

なるほど、こういう事は生徒さんにはいつも、
指導しているのに、
なかなか文章にまとめる事はむつかしいものです。

ちょっと付け加えさせていただけるのならば、
ピアニストは演奏中に、現在弾いている場所よりも
少し先に頭の思考がいっているのも、
「氣を切らない」事なのかもしれません。
現在よりもやや未来に既にいっていて、
その先の終止形までつながっています。
そうでないと、音楽が流れて躍動し渦巻くようなダイブ感が出て来ないので、楽譜の中の音たちが生き生きと現在に蘇る、という事にはなりません。
また、そのズレのような感覚は、
自分を天井から離れて冷静に見ているような、
「幽体離脱」のような感覚でもあります。

合気道の場合、あるポイントで、
「もうこれで大丈夫」みたいな、
相手のツボをキャッチした時に、
リラックスした力ではあるけれど、
あらゆる反撃に対して「対応準備完了」
のような感覚になります。
自分の気持ちの中で既に相手を捉えて優勢になっているので、「心が騒がない」という状態になります。
心が騒いでいないので、相手にとっては、
「攻撃に出る壁が見つからない」ような感覚。
そよ風に揺れるカーテンに、
思い切り殴り掛かる事は不可能です。

自分が「実行」しているものを、
自分が「把握」している「感覚」
とても似ているのです。
それが逆に上手く行かない状況の感覚も似ています。

薄紙一枚の差。




| ピアノ | 15:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |









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