フェルナンド先生、我が家に。

  • author: YOKO
  • 2018.11.12 Monday

アルゼンチンから来て、龍で1週間合宿されていたフェルナンドさんを夕食にお招きしました。

今回は滞在が短く舞浜まで稽古に来ていただくことはできなかったので、日本最後の晩にやっとゆっくりお会いすることができました。

フェルナンドさんはアルゼンチンで24年間、合気会で合気道を学んでいました。

ある日、先生に「もう、お前に教えることは何もない。この先は日本に行って師匠を探して勉強して来なさい。」と言われたそうです。

その時には養神館の知識はほとんどなく、しかしフェルナンドさんが決心して訪れたのは安藤先生の龍道場でした。

 

カナダのステイーブン先生は本部道場で国際研修生としていた時に安藤先生に出会い、先生について浦安に転居して内弟子にこそなりませんでしたが、内弟子のような年月を経て、現在はカナダで「飛龍館」を立ち上げています。

 

沖縄の比嘉先生は、たまたま見たテレビで塩田剛三先生の事を知り、「誰か塩田先生の技を継承している人物がいるはずだ。」という思いだけで上京し、安藤先生の内弟子となり、現在は沖縄で「海龍館」を立ち上げています。

 

同じような不思議なご縁で安藤先生に出会ったフェルナンドさん。最初に日本に来たのは2007年ですから11年前のこと。その時、アルゼンチンで養神館合気道をしている人間は彼一人。

それから11年の間に日本に来て研鑽を積むこと5回、安藤先生をアルゼンチンにお招きすること3回。

今はブラジルや他の南米の国にも養神館合気道を広めて何と総勢200人になったそうです。

 

フェルナンドさんの情熱は養神館合気道の普及だけにとどまりませんでした。

もちろん合気会はすでに大変、広まっていて、ブラジリアン柔術のような武道も盛んな南米。

それらの人たちも含めて、みんなで友好的なまとまりを作ろうと努力を続けたフェルナンドさん。

「最初は大変でした。それぞれにプライドや競争心もあり全然、話を聞いてくれなかった。少しずつ、少しずつ、話を続けて、やっとまとまり、合同の講習会も開き、お互いを尊敬し合う、すごくいい感じになりました。みんな大きなファミリーのようになりました。」

と話すフェルナンドさんは温厚で、とてもそんな大事業を成し遂げたような人物には見えません。

チェ・ゲバラの時代から政治と経済の混沌にさらされ、貧困に苦しめられて来た南米の人々。

流派を越えて、武道という精神で大きくまとまろうとするフェルナンドさんの努力は、いつの日か南米を変えて行くような気がします。

 

いつかは行きたいアルゼンチン。

歩いてみたいブエノスアイレス。

見てみたいパタゴニアの絶景。

「いつか」なんて言っていてはだめですね。

 

フェルナンドさんの話は続きます。

(つまり食べるよりも話してた、って事)

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