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English in マルタブログ!

Yet Another JUGEM.
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ピアノは闘いでしかなかった

最近、マイクのプライベートレッスンに入ってこられた素敵なご夫婦。(お二人は別々の時間にこられています)

最初のレッスンの時に、奥様のMさんに「どこかでお会いしてますか?」と伺うと、「はい、もうだいぶ昔にあるパーテイーでお会いしてます。そして、お二人がマルタに行かれた時に、ピアノの生徒さんを何人かお預かりしました。」

そう、そうでした!一気に記憶が蘇りました。

先日の英語のレッスンの後、玄関でMさんに

「今でもピアノを教えていらっしゃるのですか?」と伺うと

「いえ、もう教えておりません。」

「私も今は少しの生徒さんにだけ教えているんですよ。そして、この年になってやっと、仕事でもなく、義務でもなく、プレッシャーもなく、ピアノを楽しんで弾ける自分になりました。」と言うと、Mさん、

「ピアノは私にとって闘いでしかありませんでした。」

本当に!

思わず二人で大笑いしてしまいました。

子供の頃に好きで始めて高校生の時に(ずいぶん遅いのですが)「音楽をやっていこう!」と決心し歩んできたはずなのに、、、いつからかピアノを弾くことは本当に「闘い」のようなものでした。つまりそれは「喜び」にまで昇華できない程度の才能だった、と言うことなのかも知れませんが、、、

「天才」と呼ばれたピアニストたちですら、

「コンサート会場のピアノが気に入らなくてコンサートをキャンセルした」とか、

「ピアノの位置を前に10センチ出して欲しい」とか、

「自分のピアノを世界中、どこにでも運ばせた」とか、

「コンサートが嫌いで生涯、レコーデイングだけに没頭した」とか、

「ピアノ調律師がメンタルコーチのような存在だった」とか、エピソードは色々あります。

メンタルコーチのように、の話は、神経質なピアニストが「どうしても今日のピアノがしっくりこないのでもう一度、調律をして欲しい」と開幕ギリギリの時間に言ってきたので、その信頼されている調律師はピアノの所に行って作業のフリをして何もせず、戻って来てピアニストに「ちょっとペダルを調整したら良くなりました。」と言っただけでピアニストが安心してステージに上がって行った、とか。

つまり私より何千倍もの音楽的才能に恵まれた人間ですら、小説や漫画に出てくる天才のようには、「遊ぶように楽しく」なんて弾いてはいなかったのです。

今、過去とは全く異なる心境でピアノに向かってみると、「なんだ」と思うことが度々。

昔、闘っても闘ってもどうしても乗り越えられなかった事がふんわりと乗り越えられているのです。(この年齢でまだ伸びしろがあるってか?)

何の職業でも、それを「生業」として生きていくのは大変な事なのかも知れません。

しかし、、、楽しくなければ決して伸びない。

| ピアノ | 10:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |









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