CATEGORIES
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENTS
LINKS
MOBILE
qrcode
PROFILE
OTHERS

07
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

English in マルタブログ!

Yet Another JUGEM.
<< 新年明けましておめでとうございます。 | main | 投げっぱなし道場、体験会のお知らせ >>
「技と呼べるほどのもの」

新しい年が明けたのですから、少し今年の抱負を書いておこうと思います。

武満徹という優れた作曲家がいました。

彼の著書の中に「沈黙の音を聴け」と言うような題名の本がありました。

音楽は音の鳴っていない時にも音楽は在る、という正に武満徹の音楽がそうでした。音が無い空間もその前後の音楽をつなげ紡ぎ続ける、それができてこその優れた演奏、、、と私は解釈しました。

合気道を初めて23年が経ちました。

古武術研究家の甲野善紀先生の著書に「技と呼べるほどのもの」と言うような本があったと思うのですが、

それは日頃研鑽している物を「技」と恥じることなく呼べる段階にまで引き上げること。そしてそれが完成なのではなく、その先に進み続けること、まだその先が在る、、、と私は解釈しました。

「技と呼べるほどのものへ」を肝に銘じて合気道を続けて来ましたが、昨年の生徒さんの審査稽古を通して(実はもっと以前からですが)「技と呼べるものの先」どころか「技と呼べるものの前に」が在るのではないかと言う思いがずっと続いていました。

 

合気道は先ず相手と向き合います。

そこから全ては始まります。

その「相手と向き合う」と言う事にどれだけの深い意味があることか、、、

私はそこにこそ合気道の全てがこめられていると思います。

今年の稽古は、上級者、中級者にかかわらず、女性、シニアにかかわらず、そして若者たちにこそ、「相手ときちんと向き合う」ところから初めて行こうと思います。

そして「技」は「向き合う」先にあるのではなく、「向き合う」ことを学ぶためにある、と位置付けします。

 

う〜ん、理屈っぽいですかね?

伝わりますかね?

ま、それは私は気にしません。

気持ちがまとまったところで、今年もよろしく!

 

(写真は昨年のオーランド高校生たち)

| 合気道 | 10:59 | comments(0) | - | pookmark |