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ピアノ調律師

私が自宅でのピアノ教室を始めてから40年以上が経過しました。その間、ず〜〜っとお世話になっているのが白金にある「斎藤ピアノ調律所」の社長の斎藤さんです。きっかけは麹町に住んでいたピアニストのSさんとエリック・サテイのコンサートをしていた時に紹介されました。それ以来のお付き合いです。

 音楽大学に入った時に親が買ってくれたヤマハのグランドピアノを持っていて、スタインウエイのグランドピアノに憧れていて、しかし新品はフェラーリが買えるようなお値段ですから、庶民の私にはとても買えるようなものではありませんでした。

恵比寿の楽器店の店頭になぜか格安の新品が出ていて、一緒に見に行ってもらったらピアノの底を見て、

「これは港で荷下ろしの時に落下させてますね。」

と一言。

浜松の輸入楽器が揃っているところにも一緒に行ってもらいました。おじさんと音大生、と言う感じで行ったのですが、お店の方に、「専門の方ですよね?」と見破られたりもしました。

年に一度の発表会の時はコンサートホールの調律もお願いし、慌てて着てた私のドレスの背中のねじれも気付いて言ってくれました。そう、あの頃は一人で娘二人育てながら全く余裕のない怒涛のような毎日を送っていました。

斎藤さんはお父様の代から日本のスタインウエイ専門の調律をしてこられました。きちんとしたコンサートホールでは(浦安もです)ヤマハの調律師さんには仕事をさせないほど厳密なものです。

ちょうど私が離婚した時に、ある大使館関係の方の別荘で使われていて、そこを訪れた世界的ピアニストのケンプやアシュケナージのサインが書かれている1930年製の名器を縁があって紹介して下さり、その古いピアノが私の物になったのです。

マルタまで船で運ばれ、また日本に船で帰って来て、

今ここにあります。

 以前は毎年お願いしていた調律もだんだん間があいて、先日、久しぶりに調律をお願いして、イギリスの執事のような雰囲気の斎藤さんが来て下さいました。

「おいくつになられました?私がもう60とっくに越えましたから」と言うと、

「先日亡くなられた野球の野村監督くらいです」

80を過ぎても仕事が出来るなんて素晴らしい事です。

5月にはレコーデイングの仕事で浦安の新しいコンサートホールにも入るとか。すっかり終活の話なんかで盛り上がってしまいました。

「そうそう、もし私が死んで娘たちの手に余ったら、、その時は斎藤さんに相談すればいいですかね?」

「そりゃもう古くてもスタインウエイですから、、、」

「でも私が死ぬ頃には斎藤さんも、、、」

「一応、息子が家業を継いでますから」で、大笑いしましたが、これも大事な終活でした。

 お帰りになる時に仕事の鞄を持ったら重いのなんのって、13キロは軽く越えてます。

門の所まで出て行くと、

「あ、お見送りはなさらないで下さい。

背中に年齢が出ると言いますから」

と、昔のまんまの斎藤さんでした。

人間関係も40年にもなると、もう家族のようなものです。お元気で!

またお願いします。

| 音楽を聴くこと。 | 18:21 | comments(0) | - | pookmark |